08
「…おらん、よ」
三限目になったというのに、さっき白石くんが言った言葉がまだ脳内で再生されている。聞かないほうがよかったのだろうか。そんなことばかり考えてしまっているからか、担任の声が全然頭に入ってこない。
自分でも深く考えすぎなのかとは思うけど、頭からそれが離れなくて仕方ないのだ。好きでこんなにボーッとしている訳じゃない。
「って、西岡さん。聞いてる?」
見るに見かねてか担任が私に声を掛けると、みんなの視線が一瞬にして私に移される。
前の席の白石くんが振り返ると、彼は一番に大丈夫かと私に尋ねた。何が?そう思う間もなく、担任が私の席まで歩いて来ていた。
「西岡さん、顔赤いよ。熱あると思う。先生と保健室行こうか」
「え…」
頭がボーッとしてるのは、きっと白石くんのことばかり考えてるからで。熱なんてない。大丈夫ですと返事をしようとしたところで視界が揺らいだ。
「西岡さん!」
白石くんの声を聞いたのを最後に、意識がプツリと途切れた。
目を開くと見慣れない天井が視界全体に広がる。白っぽい部屋に鼻をつく匂い。保健室だと理解して、また目を閉じる。頭がボーッとしてるのと、どうしようもない悲しみで何故か胸が一杯なのだ。
「西岡…さん?」
勢い、体を起こす。どうして白石くんの声が。丸椅子に腰掛けている白石くんは目を丸くしていた。
「ハハッ、おはよ。西岡さん」
『お、おはよ…』
「西岡さんのレアな表情ゲットー」
無邪気に笑う白石くんを見ると悲しい気持ちなんて、心の中でなくなってしまった。このまま、時間が止まってしまえばいいのに。高鳴る心を抑え、平然を保ちながらもそんなことを考えていた。
「ごめんごめん。それよりどう?体調は」
『おかげさまで。白石くんがここまで連れて来てくれたの?』
「うん。保健の先生おらんかったから、俺がついててん」
もとより、今はまだ授業中のはずだ。それも担任が担当する現代文。とっさにごめんなさい。と謝ると白石くんは苦い表情を浮かべた。
彼のこんな表情を見るのは、もう何度目だろう。完璧と呼ばれる彼だけど、弱いところもある。人間なんだから、当たり前だ。
「構へんよ。別に」
『でも…』
「西岡さんには気付かれてんねやろな。ええねん。あの人に対する気持ちはアソビ、やし」
じゃあ、どうしてそんな顔して笑うの。そんな悲しそうな顔で言われても説得力の欠片もない。そう言って自分の気持ちが収まるなら、私だって。
『先生のこと、本気で好きでしょう?だったら…』
「西岡さんにはわからんよ。叶わん恋してる奴の気持ちなんて」
『わかるよ』
馬鹿になんてしてない。伝えられない苦しさ。私にだってわかる。叶わないってわかってるのに、諦められない自分がいて。告白するなんて簡単なことではないこと、わかってる。でも。私が白石くんを見るように、こんなように、白石くんは先生を見ていたはずだ。叶わないのを知っても。
「西岡さん…」
『こんな思い、これからもずっと…していくなんて…』
どうして涙がでたのか、わからなかった。ただ、私が抱える気持ちと、白石くんが抱える気持ち。白石くんの悲しい顔、これ以上見ていたくなかった。