ヒヤリと肌寒さを感じさせる風が体を吹き抜ける。南先輩とふたりで帰るなんて初めてで、熱くなった体を冷ますには調度良い風なんやろうけど。やっぱり寒い。



「寒い」
『あ、それ。私も今言おうと思った』



南先輩と気持ちを共有することがただ嬉しくて自然と足が軽くなる。でもニコニコすんのが恥ずかしくてどんな表情したらええんかわからん。南先輩をチラッと見てみると先輩は遠くを見てるみたいやった。歳もいっこしか変わらんのに、夕日に照らされてこんなに大人っぽく見える。思わず見とれてしまうほどやった。



『こうして財前くんと歩いてるとさ、少し前に戻ったみたいだね。まだ現役だって。そんな気がしてくる』



南先輩がそう俺に語りかけるとなんだか切なくなった。寂しかったんは俺だけやないんや。先輩らは今まで一緒におった仲間とこれから別々の道に歩いてく。寂しいんは当たり前のはずやのに。俺は俺ばっかりが寂しい思いしてると思ってた。



『でも実際は違うんだよね。もうみんな。バラバラだもん』
「南先輩。俺やったらいつでも」

『もう大好きなテニスしてる姿も見れなくなった。完璧だから、私が手伝えることなんて何もなくてさ。ベンチから応援することが、私の幸せだった』



過去を思い出しながら南先輩は微笑んだ。胸のあたりがモヤモヤしだした。言わん方がいいであろう言葉がもう喉のくらいまで出てきてる。さっきまでちょっと浮かれてたぶん、頭ん中が真っ白になるペースが速い。何もかもわからへん。どないしたらええんかわからへん。





「南先輩の好きな人って」
『うん』
「白石部長っすか」



『…そうだよ』





奈落の底に突き落とされた感触すらなかった。頭が働かん。感情が、思考回路がまるで死んだみたいや。ショックを通り越すってこんなんなんかな。



『なーんて。ただの片想いなんだけどね』



思い出そうとしてんのに思い出されへん。白石部長を見つめる南先輩の顔。脳が拒否してんねや。俺のあほ。さっさと失恋を認めな、いつ認めんねん。涙がでぇへんあたり、まだ失恋した実感わかへんってとこやろか。まあええわ。嫌でもこれからいつものように南先輩を目で追ってると身に染みることやから。

俺はやっぱり先輩を目で追うことしかでけへんねんから。それは今までも、これからも。