『風が気持ちいいね。ひんやりしてて』



南先輩がおる。もう話すことすらでけへんかもって思ってた。隣におる南先輩の横顔は今まで見てきた中で一番綺麗やった。あんまり見すぎたから目が合った。先輩は泣かんかったんやろか。目が赤くない。



『何泣いてんだよー。そんなに先輩と別れんのがつらいのかっ?』
「う、うるさい…っすわ」
『相変わらずだね。財前くん』



わしゃわしゃと頭を撫でられると余計に胸が苦しくなった。南先輩は?白石部長とどうなったんやろか。もし、上手くいったなら今ここに先輩はひとりで来るはずがない。良くない想像が脳裏をよぎる。



「南先輩。白石部長とは…」
『ああ。やっぱり駄目だった。振られちゃったよ』
「そんな…」



ほんなら南先輩も泣きたいはずやのに。やのに先輩は笑ってる。どんなときだって笑ってる人やなって思てたけど、こんなときまで笑ってる人なんかおるやろか。



『私には笑えって言ったくせに…。自分は泣いてるんだね』
「振られたときくらい泣いてもいいんちゃいますか」
『財前くんは振られてないじゃない』
「でも、恋は終わりました」



南先輩は空を見上げた。うっすら雲が浮かぶ空。風が冷たいだけで、今日はええ天気や。先輩は気持ち良さそうに体を伸ばした。どこか。あんまり落ち込んでへんように見えた。悲しみを人に悟らせへんのも、南先輩のパワーなんやろか。ほんま、この人には敵わへん。



『白石くんに言われたんだ。南ちゃんの好きな人は俺やないんやろ?って』
「…意味わかりません」
『鈍感』



南先輩だけには言われたくない。ついムッとして涙がひいた。何が言いたいん。南先輩も。白石部長も。今日で卒業やから、もうなんでもよぉなってるんやろか。まさか。まさかそんな訳あらへんよな。



「南先輩だけには言われたない言葉っすわ」
『…可愛くないなあ』
「可愛くなくてすみませんね」
『うわっ。開き直ったし』



卒業式やのに何やっとんねん俺ら。まるで明日からも会えるかのような、普段と変わらん言い合いしてる。この懐かしい感じ。3年が現役んときに戻ったみたいや。これが最後って、嘘でも思われへんくらいいつも通りすぎて。



『財前くん。南先輩が良いこと教えてあげよう』
「なんかろくなことやあらへん気がするけど…。まぁ教えて下さい」


『始まりと終わり。それは裏表一体』
「え?」
『…そう、言わない?』



いつの間にか南先輩の顔が赤くなってた。もしかして。それは俺に言ってんの?言いたいことが山ほどあんのに何から言ったらいいかわからん。

先輩の目を見つめるしかでけへん、ダサい俺。そんな俺に反して、にこにこ笑ってる南先輩。言葉はないけど、きっと先輩も俺と同じ気持ちでおるんやろか。



『卒業前にね。財前くんみたいに、私にも夢ができたの。』
「夢…?」
『私が笑っていることが財前くんの夢なら、私は笑っていようって思った。笑っていること。財前くんの夢をかなえることが、私の夢になったの』



素敵な夢でしょう?南先輩が微笑むと、時が止まったような。そんな気がした。疑いが確信に変わる。あんまり器用じゃない、先輩なりの答え。器用やないんは俺も同じやったけど、受け止めたいって思った。

ふたりしかおらん屋上。静かに静かに、時はゆっくり流れてた。