どうして私ってこうもついてないんだろう。久し振りに定時であがれると意気込んでいた矢先に雨が降っていた。天気予報では雨だなんて言ってなかったのに。おかげで傘持ってきてないっちゅーの。折り畳み傘も鞄に潜ませておくの忘れてるし。職場から駅までは走ったけど、駅から家まで走る気力なんて仕事あがりの人間に残っている訳がない。



『思ったよりどしゃ降りじゃんよ…』



電車から降りた人たちが私の横をすり抜けては、それぞれの帰路へと走っていく。鞄を頭の上に抱えて走るサラリーマン。悠々と折り畳み傘を差してくOL。どちらも出来ない私は雨に濡れながらトボトボと帰るしかないのか。せっかくの定時なのになんだこの仕打ちは。神様なんて絶対いない。でも文句いってたって雨は上がらない。



『…さっさと帰ろ』
「おう。俺もそれがいいと思うわ」



背後から聞き慣れた声がした。この声は蔵ノ介だ。慌てて振り返ると、思った通り蔵ノ介が笑いながら立っていた。



『なんでっ』
「俺の大好きな名前ちゃんはどーせ会社に傘なんか持ってってへんねやろなーって思てな」
『迎えに来てくれたんだ…。って蔵ノ介、仕事は?』



すると蔵ノ介の表情が笑顔から呆れ顔に変わった。今日は休みやて、こないだ言うたやん。と呟いた。そう言われるとそんな気もしてきた。こないだ電話で言ってたっけ。



『いいなー!』
「そん変わり名前は土曜休みやん」
『そだけど…』
「ほら、帰ろ」



自分の紺の傘とは別に、白い傘を差し出してくれた。ありがと。と私も呟いてみて傘を受け取った。
ふたりで歩く雨の帰り道。なんか学生時代に戻ったみたいだ。いつもこうして、蔵ノ介の横顔を見てきた。あの頃も幸せだったな、今は今で幸せなんだけど、ふとそんなことが頭をよぎる。



「お疲れモード?」
『ううん。ありがとね、蔵りん』
「可愛かったんが台無しやわ。あほ」



頭をクシャッとしてきた蔵ノ介の表情が私を堪らなくさせた。ねえ神様。涙が出そうなくらい、人を愛しく思うことってあるんだね。さっきは神様なんていないって思ったけど、やっぱりいるのかも。雨だって、私は。



『可愛く、ない?』
「…可愛いよ、名前は。俺の大切な人
やねんから」



こうして照れてる蔵ノ介を見られるから。ほら、雨だって悪くない。そう思ったのは、私だけの秘密。


雨音シンフォニー

(ふたりの水溜まりを歩く音が、こんなにも心地好い)

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