彼は恋をしている。
隣の席の白石くんを観察しているときに気付いたこと。せっかくクラスのアイドルの隣の席になれたんだ。人気に便乗して、はじめた白石くん観察。横目でちらちら見てみるものの、やはり目が合ってしまう。これはなかなか難しい。
「どしたん?苗字さん」
『白石くんの好きな食べ物はなんですか』
「んー、わりかし何でも食べんで。バランスいいもん」
『おぉ。さすが』
白石くんが恋をしてるという予想には、何の根拠もない。ただ、何となくそう思った。恋をしてないと、こんなに優しく笑えないはずだ。私のどーでもいい話に、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれるなんて。私だってもう15だ。恋のひとつやふたつしたことある。恋をしてるときは、何だって楽しかった。
「そういう苗字さんは偏食っぽいな」
『よくわかりましたな旦那。なかなか好き嫌いがありましてよ』
「好き嫌いしたらあかんでー。何でも食べなさい」
これ。この笑顔。やっぱり恋だ。間違いない。ひとりでに気持ちが高ぶってくる。私の推理がご名答なのと、あの白石くんがまさかの恋だ。好奇心で詮索するのは悪いとは思った。でもやっぱり気になった。
『白石くん白石くん』
「ん?」
『恋、してるよね。白石くん』
一瞬固まる白石くん。間違いない。絶対間違いない。やっぱりそうだったんだ。半月、観察した甲斐あって壮絶な情報をゲットできた。この事実を白石くんのファンの子たちが知ったら泣く子もいる。それなのに私、なんでこんなにワクワクしてるんだろう。
「えらいこっちゃ。苗字さんに見抜かれるとは」
『えっへん!でも白石くんの顔に書いてるもん。恋してます。って』
「それは大変なことやな…。どないしよ」
口では困ったと言いながらも、笑顔を向けてくれる白石くん。白石くんが好きなのはどんな人なんだろう。私の知ってる人だろうか。それとも知らない人だろうか。
『苗字さんに秘密を作ったって無駄なのさっ!』
「それはお手上げや。恐れ入りました」
『お見それいったか!』
こうして話してる隙に白石くんの想い人を考えてみるものの、全然思い浮かばない。人まで特定するのはやっぱり難しいか。ああもう、まどろっこしい。こんなの私らしくない。
『白石くんの好きな人は誰ですか』
「えー、そこまで聞くんや。聞くからには協力してくれるんやろな?」
『もちろんだよ!』
二言はないな?白石くんの言葉に大きく頷いてみせる。彼の恋に首を突っ込めるなんて光栄じゃないか。好奇心でここまで突っ込むんだ。私にできることならなんでもしたい。心からそう思った。
「んー…」
『おねがい!脈はあるの?』
「…それよりさ。苗字さんは好きな人おらんの?気になる人とか」
急な質問返しに呆気にとられていると、白石くんに顔を覗き込まれる。何言ってんの。質問してるのは私なのに。でも、返事しなきゃと、いないよ、とだけ答える。すると眉間にしわを寄せて、白石くんは苦笑い。
「たった今確認したけど、脈はないみたいやわ」
『え?』
「気になる人すらおらんねんて。せやから完全に俺の片想い」
それって。普通だったらからかわれてるんだと思うのが妥当なんだろうけど、なんだかそうは思えなかった。数日間にわたって観察した、私が思う白石くんはそんな冗談を言う人じゃない。
ここで慌てたら負けだと、冷静に頭をフル回転させる。白石くんの言うことをストレートに受けると、彼の好きな人は。
『私…ってことになる…のかな』
「そうやな…。まあとりあえず」
どうやら観察されていたのは私も同じらしい。気が付かなかった。白石くんがニッと笑うのと同時に、また鼓動が速くなる。意外と私のほうが上手でしょ。そう言おうと思ってたのに、白石くんのほうが二枚も三枚も上手だ。こんなの悔しい。
「俺の恋、苗字さんの協力がかなり必要みたいやけど…大丈夫?」
きっと真っ赤になってしまっているであろう顔を隠すために思い切り頷いてみる。だって顔がこんなにも熱い。時間の問題だ、私が白石くんを好きになるのは。もう恋愛対象に白石くんが入ってしまってる。ずるい。
「ほんなら改めてこれからよろしゅうな。名前ちゃん」
『…へ?は、はい!お手柔らかに!』
「覚悟しとってや」
なんてな。そう笑って席を立った白石くんを慌てて見つめると、飲みもん買うてくるだけや。そう言い残して去っていく。
完敗だ。お見それいったか!とその他多数の私が白石くんに言い放った言葉を訂正したい。今思うととても恥ずかしい。ひとりで暴走したのがこの結果だ。
そう。だからこの煩い鼓動は焦りの鼓動なのだ。決して白石くんにドキドキしてる訳じゃない。ねえ、そうでしょ?
恋愛観測
(ほい。水かお茶、どっちがいい?)(ひゃあぁぁ!おおおおおお茶!)
(やっぱおもろいなー。どうやら脈はあるみたいやわ)(か、からかわないでよぉ…)
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