8月に入り、夏休みも半ばに差し掛かろうとしていた。夏の天気は変わりやすいイメージがある。今日も突然の夕立のせいで、部活も途中で終わることになった。物足りなさを抱きながらも渋々帰路につく。部室に置き傘しといてよかった。謙也は傘がない言うて物凄いスピードで帰った。
時刻は17時過ぎ。傘と共に肩を揺らしながら歩いてると、家の前に佇む橙の傘を見付けた。見慣れん傘。誰やろか。シルエットは女性っぽい。横目で彼女の様子を伺いながら通り過ぎることにしよう。それがいい。



『くらのすけ…くん?』



俺が横目で伺う前に、少女は俺に声を掛けた。慌てて当人と目を合わせてみると一瞬どこかで見覚えのある印象を与えた。焦って考えても全然思い出されへん。



『やっぱり覚えてない、かな』
「いや、え…っと」
『それもそうだね。あの頃の私は髪も短かったし』
「え?」



と言うことは過去に会ったことある子なんやろか。なんて失礼な。未だに思い出せん。落ち着いて考えようとはしてるものの、やっぱり思い出せそうな気配はない。ここは潔く謝るよりほかないか。



「ご、ごめん」
『いいよいいよ。そういう嘘つかないとこ、変わってないね』
「……」
『名前だよ。苗字名前』



わからなかったでしょう?少女は微笑むと、言われた通り昔を思い出させた。小学校に入る頃まで、家が近かったもんやから毎日のように遊んでた。小学校に入ってすぐ、お父さんの仕事の都合で遠くに引っ越した。俺の記憶の中におる、小さくて無邪気に笑う名前ちゃん。



『また、帰ってきたんだ』
「そうなんや。何年振りやろ。ほんま久し振りやな」
『うふふ。蔵ノ介くん、ちっとも変わってない』



名前ちゃんこそ。そう言いたかったところやけど、そんなことなかった。彼女はあまりにも変わってて、言われなわからんくらいやった。そんくらい綺麗になったんやとは思うけど、やっぱりなんか寂しかった。



『私はこの通り。見事に変わっちゃってさ』
「それだけ大人になったって。そうゆうことちゃうんかな」



名前ちゃんの表情を見たところ、引っ越し先でいろいろあったんやろう。楽しいことばっかりじゃなくて、つらいことも、たくさん。昔のように楽しいことばかりの時を過ごすことはでけへん。名前ちゃんはどんな思いで大阪に帰ってきたんやろか。考えるだけで胸がいっぱいになる。



『また、小さい頃過ごしたような時間を、蔵ノ介くんと一緒に過ごせるかな』
「俺なんかでよければ、また仲良くしたって」



話を聞いたところ、9月から四天宝寺に通うらしい。一週間前に帰ってきて引っ越しの片付けも一段落着いたんか、今日は俺を訪ねて来てくれたみたいや。蔵ノ介くんは変わってないと思った。そう名前ちゃんは喜んでくれた。変わらないことも難しいよねって苦笑いしながら。まるで都会の絵の具に染まってしまった自分を責めてるかのようやった。



「いくら変わってしもたとしても、名前ちゃんは名前ちゃんやから。俺はまた名前ちゃんに会えて嬉しいで」
『また、会いにきてもいいかな』
「もちろん。次はうちで飯でも食べて帰りいや」
『うん。きっとね』



そう約束して名前ちゃんと再会した日は別れた。ぎこちなく笑う名前ちゃんはどんな気持ちで俺に会いに来たんやろう。その夜はそのことばっかり考える夜になった。

それから3日後、俺達はまた会うことになる。俺の家の前で、同じように。



『こ、こんにちは』
「名前ちゃん!」
『思い切ってバッサリいってみたの。どうかな?』



ショートヘアになった名前ちゃんはどこかぎこちなさそうにはにかんだ。やっぱりどんな名前ちゃんも名前ちゃんやと思う。俺の気持ちも、昔と変わらへん。あの頃から俺は名前ちゃんに恋してたんや。それに気付くと俺の心までなんか軽くなった。



「似合てるよ。…かわいい」



これからどんな恋が待ってるんやろう。まだまだ続く夏休みに心を躍らされた。名前ちゃんがおる夏が、また巡ってきた。


二度目の初恋


(名前ちゃんの笑顔を守ってみせたい)

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