時刻は午後23時。やっと家に着いた。仕事が忙しくて忙しくて終わったのが21時半。片付けて着替えて電車に乗って。家に着いたらもう日付が変わる1時間前まできていた。



『ただいま…』



真っ暗な部屋に帰ってくるのももう慣れた。今日は最近の疲れが一気にピークまできてるもんだからか、実家が急に恋しく思えた。電気をつけてフラフラと鞄を床に投げたところで、ふと化粧台の鏡にうつる自分と目が合った。



『おかえり』



自分におかえりって言ってみても体の力は抜けなかった。丸一日仕事で硬直した体を今すぐにほぐす方法なんて浮かばない。ご飯食べようか。それとも先にお風呂に入ろうか。二択が頭をよぎったけど、それさえ考えるのが面倒になって部屋着に着替えもせずベッドに転がった。
ウトウトしだして1分もしない間に鞄の中の携帯が震えだした。振動の感じからどうも着信っぽい。誰だよ、もう。重い腰をあげてベッドからおりて鞄から携帯を取り出す。開いた携帯の画面には白石蔵ノ介の文字。



『もっ、もしもし』
「名前?こんな時間にごめんな」



蔵ノ介くんの声を聴いたらなんだか体の力が抜けた。完全にスイッチ切れたって感じ。それからベッドに腰掛けて少し蔵ノ介くんと話した。
どうもメールの返事がないから残業してたのかなと思って電話してくれたみたい。心配掛けちゃった。でもその心配でさえ嬉しく思えた。



「22時前まで仕事してたんや。疲れたやろ」
『まあね。でも蔵ノ介くんの声が聴けたから体力回復してきた』
「なんやそれ」



おつかれ。蔵ノ介くんが優しく呟いてくれたらなんだか涙が溢れた。泣きたくても泣けないのが社会人。疲れた心を自分ひとりで癒すことが出来なくて。社会人はきっと誰もが過酷な毎日を生きてる。私だけが辛いんじゃないってわかってるんだけど、こうして疲れがたまったとき。私だけが疲れてるんじゃないかって、そう思ってしまう私はまだまだ子どもなのかな。職場の人間とは挨拶みたいに毎日おつかれという言葉を交わしてるけど、私は誰かに心からおつかれなんて言うこともないし、思ったこともなかった。



「こらこら。なに泣いてんねん」
『蔵ノ介くん…。ひっく…』
「辛いときは泣きたいだけ泣いたらええよ」





そう言って蔵ノ介くんは私の話を遮ることなく聞いてくれた。感情が溢れてしまって、涙もとめどなく流れる。確かなものを探してるのに、手に入るものはかたちないものばかり。社会を生きてくのって大変だ。こんな意味わかんない私の話を聞いてくるのは蔵ノ介くんだけ。もっとも、感情的になって私も自分が何を言いたいのかも正直わかったもんじゃない。



「わかった」
『…え?』
「笑ってたいんやな、名前は」


『どういう…こと』
「前に進みたくて、諦めたくなくて。自分に負けたくないんや、きっと」



きっとそうだ。目標があるわけでも、上司に認められたいという野心をもってるわけでもない。私は。私に負けたくないだけだ。立ち止まりたくない。みんなみたいに強くありたい。



「頑張るんは素敵なことやけど、苦しくなったら一回深呼吸。息を殺してるばっかりじゃ、名前が可哀相やで」
『うん』
「泣いて笑って。またこれで一歩前に進めたな。ええ子や」



愛してんで。蔵ノ介くんがそう囁くと、自然と笑みがこぼれた。私、蔵ノ介くんのために笑っていたい。そして蔵ノ介くんを笑わせたい。そう上手く伝えられたかはわかんないけど、蔵ノ介くんは受話器越しにおおきに。って笑ってくれた。



ヒーローになんてなれないから。私は私の道に花を咲かせてく。その道がいつか、蔵ノ介くんの道と繋がればもっと素敵だなって。勝手に夢みてしまった。その夢を叶えるためにも心から一歩進まなきゃ。今にも意識を手放してしまいそうな中、そう思った。



「名前?…寝たんかいな、しゃーないなぁ。…おやすみ」





私は明日も生きていく。自分に挑んで、絶対負けないように。


24時の魔法


(鏡の中の自分におはよう!って笑ってみる)
(大丈夫。蔵ノ介くんがかけてくれた魔法、まだとけてないから)

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