学生の頃から好きなカフェに一人で入った。
久しぶりに通った道。久しぶりに入ったカフェ。店内のガラスは曇りがかかってて、外の風景がぼんやりと見えるだけ。透き通る透明なガラスは入口にある自動ドアのみ。そこから微かに見える外の景色も昔と変わらんな。そう思った。



ぼんやりと曇りガラスからぼやける外を見てると見慣れたような影が見えた。
小走りのシルエット。

幻かと思った。自動ドアが開く。やっぱり。名前が店に入ってきた。



『おまたせ!』



俺と柱を挟んで横に座る男の前に名前は座った。名前とは学生時代の恋人やった。勿論、名前ともこのカフェにはよく来たもんや。

俺やない誰かとメニューを一緒に選ぶ囁きが微かに聞こえる。俺の脳内では、あの頃の俺たちがリンクしてる。俺の前の席に名前が座ってるような。もしそんなことが。俺と名前が向かい合って座ったなら。時は遠い日に戻ってまうやろう。


全てを分かち合い歩いた二人が、今では柱越しに座ってる。名前の顔を覗き込む勇気もない。



『このカフェね、学生のときに彼氏とよく来たんだよ』



どきり。心臓が跳ね上がった。学生時代の彼氏なら名前の横におんで!そう主張したいなか、平然を装ってコーヒーを口に運ぶ。
名前は思い出話をつらつらと彼氏にしてる。そんな楽しげな声を聞いてたら妙に安心した。

昔の恋を懐かしく思うんは、今の名前が幸せやからこそ。俺かてそうや。今は彼女もおって幸せな毎日を送ってる。



「ごちそうさま」



伝票を手に取り立ち上がる。一瞬、名前と目が合った気がした。互いにすぐ違う方向を向く。
そうや。それでいい。



会計を終えてもう来えへんであろうカフェを出る。少なからず幸せなうちは来えへん。

そのうち俺がひとりぼっちになって人恋しくなったなら。その時はまたこのカフェに名前の幻に会いに来るかもしれへん。でもそんな日は来えへんに限るわ。やから



俺のことは
もう忘れてな。


遠い日の記憶


(幸せになってや。約束やで)

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