黒羽
通過をしらせるアナウンスが鳴り目の前をごうごうと電車が走りさってゆく。黙って肩を並べて電車を待っているわたしと彼は、これからそれぞれの地元へ帰るのだ。デートと呼べるような甘い雰囲気はもう何ヶ月も前に失ってしまった気がする。けれども彼と居る時は落ち着いた素の自分で過ごせた。辺りは暗い。蛍光灯がわたしたちを照らす。ぼんやりしていると、ふと彼の手が私の頬を包んだ。外でこんな風に触られるのは好きじゃないので払いのけようとすると、彼の親指がぐっと私のまぶたをぬぐう。「ちょ、っと」眼球を刺激されてじんわりと涙が出る。まぶたにはアイシャドウが置かれている。彼は親指を見つめて何か考えている。
「キラキラしてたから」
それはまぶたを触った理由だろうか。
「そんなに強く触ったら目が痛いよ」
文句を言うと、彼は不思議そうにわたしを見つめた。
「違う、違う、まぶたじゃなくて、お前がキラキラしてたんだ」
思わぬ言葉にきょとんとすると、今度は頬を撫でた。やはりそこにはチークが置いてあり、また彼の手をラメが染める。
「こんな目に見えるもんじゃなくて、お前自身がキラキラして見えたんだ。化粧かと思ったんだけどよ、お前のキラキラ、まだ消えてねぇ。」
彼はロマンチックとは掛け離れた人だった。そして少し女心のわからない男でもある。そんな彼がこんな事を言うなんて珍しいし、きっと彼には本当にキラキラが見えているのだろうと思った。それが余計に恥ずかしくて、わたしは返事に困って俯き、彼の手を握った。
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