久々知


久々知兵助は長い睫毛を悩ましげに伏せて溜息を吐いていた。空になった湯呑みを両手でしっかと握り込み、じっとその場から動かない。少し下げられた手入れの施されていない眉は成績優秀と呼ばれる彼へ親近感を与える印象があった。ぱちりと開かれた目は大きく力強い。彼の目に映る世界はきっと美しいだろうと思わせる程に美しい形をしている。不規則に跳ねた前髪は、彼のどこか抜けた一面を表しているようである。

久々知の溜息はまるで桜色で、恋煩いを思わせるようなものであった。誰かに恋慕を寄せる、その手の話に食いつかないくのたまはこの忍術学園に居ないと言っても過言ではない。久々知と同学年であるくのたま、ミョウジナマエは当番である皿洗いをこなしながらも、そんな久々知の様子を見逃さなかった。一通りの仕事を片してから自分の労いにと茶を淹れ、久々知の正面へと腰を下ろす。

「兵助」

心配と好奇心の入り混じった少し上ずった小さな声を投げ掛ける。それにゆっくりと睫毛を持ち上げて反応する兵助はやはり美しい。ミョウジ、と薄い桃色の唇が重たげに動かされて名前を呼び返される。その声に感情はなく、ただ音をなぞっただけのような返事だった。久々知は頭脳明晰な少年である。常に考えを巡らせてその場の最善の判断を下すような人である。その彼が上の空、である。これはいよいよ恋慕も重症か。こうも腑抜けてしまう程に彼が心に思い描くのは一体誰なのか。彼から直接恋煩いであると聞いた訳ではないが意味深げな溜息はまるでそうであるかのようなもので、ミョウジは心の中できっと恋煩いに違いないと決めつけていた。

「どうかしたの、悩み事?」

ミョウジは少し緊張しながら久々知に問うた。久々知が誰かを想っている、その相手は…。これはくのたま上級生にとって大ニュース、もとい格好の餌である。久々知は睫毛を下げ、上げ、刹那げな表情を作る。握り直された湯呑みがカツ、と音を立て、動いた拍子に装束が擦れる音がする。少しだけ、火薬のにおいがした。


「お豆腐たべたい」



2014.0327


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