ノン・シュガー



※性転換



「ねえ波江さん。波江さんはどうして男なの?」

「…だまりなさい、ウザヤ」

キッと眼をつり上げる波江さんの表情は普段より十倍きりりとしていて、声音も半オクターブほど低い。

「あ、またウザヤって言ったね!うわああん波江さん酷い酷い!俺超傷ついた!」

「甲高い声で気持ち悪い嘘泣きはよしなさい」

「えー、そんなつれないこと言わないでよー。ねーねー!」

目の前でふいとそむけられた不機嫌そうな横顔は、精悍と称してもいいほどだ。流石あの逞しい誠二君と同じ血を引いているだけはある。
そんな一回り厚くなった肩に俺が無遠慮にぎゅうと抱きつくと、波江さんは何故か一層居心地悪そうに眉をひそめた。

「あの…ちょっとウザヤ」

「なーに? だからウザヤじゃないって言って…」

「乳首が当たってるんだけど」

「――え」

俺は反射的にパッと両手を離した。






そうだ、まずは何故こんなおかしな事態になったのかを説明しようか。
始まりは今朝だった。
弟の誠二にべったりな張間美香が気に食わないというブラコン波江さんが、新羅経由で怪しい性転換の薬を手に入れてきたのだ。誠二君は同性愛者じゃないはずだから、流石に美香が男になればドン引きすると考えたのだろう。
作戦自体はアホらしいのだが、まあ理屈は通っている。
けれどその薬の形状がまずかった。四角くて白くてあまりにも角砂糖そっくりだったものだから、波江さんが美香に呼び出しの電話をしている間に俺がうっかりコーヒーに混ぜて二人分出してしまったのだ。
――そうして時は現在に戻る。

「そっか。ブラジャーしないと乳首透けるんだ…」

ぶはっと音がしたと思ったら、波江さんがつい今しがた淹れ直したコーヒーを噴いていた。

「恥ずかしいことを、真顔、で…言わないで頂戴…!」

「あはははは。あ、そーだ波江さーん、じゃあさぁさっきまでキミがしてたブラジャー貸してよ?」

「は、何で私が?つけると見せかけて頭にかぶる気なのはお見通しよ!?」

「え!?」

あえて否定はしなかったが、俺がそういうキャラだと見抜かれていた事実がちょっとショックだ。

「んもう、波江さんのいじわる…。あ、うん?――そうだもしかして波江さんは、下着つけてない俺がお好みなのかな?」

「は?」

腕にへばりつき、残念ながら大きくはないが柔らかい胸を見せ付けるように押し当ててニヤリと笑うと、彼女は驚きからか僅かに表情を崩した。

「どう?俺って色っぽいー?」

「な…!馬鹿なこと言ってないでとっとと離れなさい!」

そこで俺はふとあることに気付く。

「ん…あれ。なんかこうやってこすこすすると気持ちいいねえ…、」

布の摩擦で硬くなった乳首をしつこく波江さんの体に擦り付けると、びりりと突き抜けるような、何とも表現しがたい感覚が走った。やみつきになりそうだ。

「んっは、…ヤバいな」

「ちょっと臨也、」

吐息交じりに呟くと、頭上から落ちてくるのは呆れたような波江さんの声。

「う…ん。なんか、――ぞくぞくする…」

本来ならこれだけの興奮度で勃起しているところだが、しかし今の俺は男体ではないから、股間に手をやっても硬度を持った膨らみは見つからない。
慣れない身体。
快楽を求めながらにして行き場を失ってぶらりと落ちた手を、上からぐいと掴まれる。

「貴方って本当に節操がないわね」

ふと目線を上げれば、波江さんだけど波江さんじゃない男前が含みのある目をしてこちらを覗きこんでいる。

「ん…だって、さ」

そうまじまじと見られれば俺だって落ち着かない気分になる。
そりゃ、波江さんって元々クールだとは思っていたけど、それでもこんなにカッコよくなっちゃうなんて。もしかするとこの眉目秀麗な俺よりも色っぽいかもしれないなんて。――信じられない。ずるいよ。認めたくはないけど心臓がバクバク言ってる。

「ほら、こんな面白いこと滅多にないじゃないか。最大限に楽しまなきゃ損でしょ?」

「ふうん…?」

「ねえ触ってよ…?女の波江さんなら分かるんじゃないの?」

「ええ。まあ、そうね――例えばどこをご所望?」

目の色が鮮やかに変わり、まるで男娼のように妖艶な仕草で波江さんが笑った。性別の変化によるものなのか、そっちのスイッチが入るのがいつもより断然早い気がする。
俺はニヤリと笑顔を返し、一回り細くなった腕で波江さんの襟元を掴んで引き寄せる。

「キミが感じるのと、同じところかな」

「――そ、」

そこだけいつものように素っ気ない返事が耳元で聞こえたと思ったら、次の瞬間にはもう視界が反転していた。





20100723


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