Catch me※
「いぃざやああぁああ!」
「あっははーシズちゃん、俺を殺したいならここまでおいでー!」
細い路地をぬってちょこまかと逃げ回るノミ蟲を、俺は引き抜いた標識片手に猛然と追いかける。
――あー、うざいうざいうざい!今日こそは絶対殺す!
俺は心に誓った。
そして――遂にその時はやってきたのだ。
「あっ!…やば」
「ほお…もう逃げられないなぁ?臨也くんよぉ?」
行き止まりになった細い裏路地の奥で慌てふためくノミ蟲をいい気味だとせせら笑いながら、俺はコキリと指を鳴らす。
奴の背後にあるのは硬い壁だけ。
「ぅ、わぁ、待って!待ってよシズちゃん!お願いだから見逃してよ…!」
滅多と見られない間抜けな怯えた表情に、俺は気分の高揚を感じた。標識をブンと大きく振りかぶり、じりじりと確実に臨也との距離を詰めていく。
「あ゙あ?一体どの口がそんなこと言ってんだろうなあ?」
「いやほらさ、俺シズちゃんの欲しい情報なら何でももってるよ…!だから、ね?殺すのは待った方がいいんじゃないかなあ?」
「あんだぁ?手前、この期に及んでごちゃごちゃうっせえんだよ!」
「ひぃっ!?」
俺は短く吐き捨て、小さくなったノミ蟲を睥睨しながら勢いよく得物を振り下ろした。――筈だった。
「!……っ、」
「怖いよ助けて!…なーんてね」
チクリと神経を走った鈍い感覚。
俺の脚に何かを打ち込み終えて素早く体勢を立て直した臨也は、打って変わってニヘラと黒い笑みを見せた。
俺は驚きに目を見開き、混乱する頭で情報を整理しようとする。
――え?注射器?これが今俺の脚に刺さってたのか…?
「っ…手前、何を…」
「うーん、何だろうね?――ああ、そうだ。気持ちよくなれる薬…とでも言っておこうかな?」
奴は空になった注射器を仰々しくポケットにしまい込むと、俺の肩に手を置き耳元に囁きかけてきた。
俺は咄嗟に振り払ってやろうと思ったけれど、おかしい、何故か身体に力が入らない。それどころか、降りかかる生暖かい息に腰が砕けそうになった。ゴトリと盛大な音を立て、道路標識がアスファルトに転がり落ちる。
臨也は弓形に細めた目で俺を見上げながら、バーテン服のボタンを一つ一つ外し始める。
「んあ!?な、にすんだっ、離せ…!」
「シズちゃんの乳首、すごく綺麗なピンク色だね」
そう言うや否や、低く屈み込んでちゅうと胸の飾りに吸い付いてくる。
まるで腰が浮くような奇妙な感覚に、急遽身体中がカッと熱くなる。
「っく…ばかぁ、やめ、ろ!」
「どうして?シズちゃんは、俺にこんなことされるの嫌?」
尚も赤い舌でレロレロと突起を舐め回しながら、上目遣いに問いかけてきた。自分自身風俗というものにお世話になったことはないけれど、長い睫毛の下の眼差しは色を誘う、まるで娼婦のような眼つきだと思った。
「あ……いざ、や…?」
「俺は嫌じゃないんだけどなー、なんて…ね」
「――ばっ…てめえ、なんで」
目を丸くして見下ろせば、自嘲気味に口端を緩めるノミ蟲と視線が絡む。
それは――驚くほどに真っ直ぐな眼差し。
「好きなんだよ、シズちゃん。理由なんか説明できない。けどね、こんなことしてまで手に入れたいくらい、俺はキミが好きなんだ」
なんでかなあ、なんて自身でも首を傾げている臨也を俺はまじまじと見つめる。
――馬鹿だ、こいつ。わけ分かんねえ。
手前のそんな感情に俺が応えられるわけがねえ。吐き気さえすると、そのとき確かに胸の内で思った。
――それなのに。そう思っていたのに、俺は。
ふと気付けは、自信なさげに笑う臨也の白い頬を両手で挟みこみ、乱暴に口付けていた。
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