こっち向いてダーリン



「ねえ帝人くん。『あーん』ってやつ、やってよ?」

また臨也さんがお馬鹿なことを言い出した。
僕は奇怪な言動に眉をひそめ、テーブル席の向かい側に座る彼に目を向ける。

「あーんって、あの…『はぁい、あーんしてダーリン♪』『嬉しいなあハニー、ぱくっ☆』ってアレですか?」

「そうそうアレ。アレやってよ」

ニヤニヤしながら、こちらの返事も待たないうちから大口を開けている。

「ちょ…けどここラーメン屋ですよ!?」

僕はぐるりと周囲を見回しつつ声のトーンを落とした。
正午を少しばかり過ぎた店内はなかなかに繁盛していたが、犇くのはサラリーマンなどの男性客ばかりで甘い雰囲気は微塵もない。

「こんなとこでアレしたら思いっきり浮くじゃないですか!」

「えー、だって今日はラーメンな気分だったんだもん」

「じゃあ今度に…」

「でもあーんもしてほしい!」

「…子供ですかあなたは」

「うーんそうだな、じゃあさあ――」

空気が読めないわりに僕のうんざりを汲み取ったのか、臨也さんはいいこと思いついたとでも言わんばかりに口を開く。

「してくれたら俺のセクスィーパンツあげるよ」

――ガクッ。

「いりませんよそんなの」

セクシー…っていい年した男の分際で一体どんなパンツを穿いてるんだというツッコミはこの際ナシにして、僕はやれやれと首を振った。

「仕方ないですね…一回だけですよ?」

「うん!」

「じゃあ――はい、あーんして?」

僕が渋々チャーハンの乗ったレンゲを差し出すと、臨也さんは少年のように嬉しそうな笑顔で身を乗り出した。

「あーん…」

「ダーリン、もっと近く」

「? う、うん…」

「はい、パクっ♪――なぁんて、ね!」

レンゲを寸前で引っ込めてパクリと自分で食べたら、食器の立てる派手な音がした。
もぐもぐしながら視線を向ければ、テーブル上でバランスを崩してガクリと肘をつく臨也さんが目に映る。

「あっれぇ、どうかしました?」

「キミって鬼畜だね…」

「え?別にそんなことないですよー?」

ふて腐れた可愛らしい横顔を空っぽのレンゲの先でつんつん突きながら、僕は喉まで出掛かった笑いをかみ殺した。





20100802
甘のつもり…。


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