SEXY PANIC:04



「と、トイ…トイレですって?!」

そう口にしたときの波江さんは、それはもう悲惨な形相を刻んでいた。俺ってこんな顔できたんだ、と思えるくらい。
――そうだな、もし、仮に俺があの忌々しいシズちゃんにフェラを迫られたとしたら、そのときだけはこんな感じかもしれない。

「う、あー駄目ッ! やばいよもう我慢できない…!」

俺は完全に作った甲高い声で訴えながら、ベッドの上で厭らしく腰をよじってみる。
それを見下ろす波江さんの目は悲嘆を通り越し、死んだ魚のそれに変わっていた。
――が。

「駄目…って言おうと思ったけどやっぱ訂正。行ってきなさい」

「え?」

はじき出された予想外の答えに一つ瞬く。
俺はするりと振りほどかれた腕を暫しポカンと見下ろしてから、少し高い位置にある赤い瞳を覗き込む。

「――やけにあっさりしてるね。ホントいいの?」

「貴方のことだから、どうせもう私が来る前に触ったんでしょ?」

――なんだ。既に諦めモードに入っちゃったか。

「あっは、俺って信用ないねー」

「だって貴方の顔面ってむしろ歩く男性器よ」

「え゙、それは流石に酷いなあ。うん――けどさあ、その男性器面引っさげて俺に話しかけてるのは誰だろうね?」

「え、――なっ…それは」

慌てふためく予想外の反応に、萎えかけていた好奇心がピクリと反応する。

「何さ?」

「そんな…だってアレは違うんだからね!」

「へえ…?もしかして――見た?俺のを、さ」

ニヤリ、と口角をつり上げて笑いかける。
波江さんは面白いくらいにオロオロしながら俺の顔を真っ赤にして声を荒げた。

「そうよ悪い!?だって――だって本当に漏れそうだったんだもの!」

「へえ」

――波江さんが俺の身体で用をたすとは、こりゃ、傑作。
けれどこの反応は、単に異性の身体で排尿をしただけにしては若干大袈裟すぎるとも言える。まだ語られていない“先の話”の存在をひしひしと感じずにはいられない。

「ま、どうせなら波江さんが恥じらいながらおしっこする、記念すべき第一回目を見たかったけどね」

「キモイ!」

「いてっ!」

余裕の笑みで立ち上がったところへベシンと尻に一発食らい、痺れるような痛みに目をつぶる。

「ったく…何してくれんのさこのセクハラ。言っとくけどね波江さん、これキミの身体だよ?」

「他人の身体の心配なんてする奴だったかしら、あなた」

「うーん、キミの言うことは確かに間違っちゃいないよ?けど俺は他人の身体だってそれなりに大事にするつもりだけど」

なぜなら、そう――俺は人間を愛している。
人間達の戸惑いの表情を、甘い蜜に溺れる愚かな瞳を、怒りに満ちた声を、欲望と理性の狭間で揺れる危うい心を、突発的な衝動も何もかもを。予想だにできない輝きでもって、俺を心から愉しませてくれる人間が好き。大好き。
俺の胸を満たすそういった感情が一般的な愛情の形とは異なることも知っている。好きだ。壊したいくらいに愛している。それは人間全体は愚か特定の誰かに与えられるものでさえなく、俺の愛は俺だけのためにある。

「好きな物を滅茶苦茶にはしないよ」

「あっそ。あなたのくだらない愛なんかごめんだわ」

「もう、本当に容赦がないよね…。そういう波江さんこそ、どこまで触ったの?」

俺が肩を竦めて話を戻すと、波江さんはほんの僅かにではあったがピクリと顔を引きつらせる。

「ば…馬鹿ね。誰が好き好んであんたの気持ち悪い身体なんかに手を出すっていうの」

「そうかなー?」

俺は波江さん――正確には俺の身体に手を伸ばし、胸の上に置し当てた。
自分のものであったからこそ知りつくしている敏感な部分に触れ、シャツごしに優しく撫でてやると、歯を食い縛りながらも感じているのが分かった。
だって、そう。
苦しげにも見えるその表情が先程とは違いほんのり上気して――

「――っ、」

いきなり肩に衝撃が走ったかと思えば、腕の力で弾き飛ばされていた。

「触ら――ないで!」

「…ふう、まったく。乱暴だなあキミは」

痛む肩を擦りながら呟く。加害者のくせにぜえぜえと荒い息を吐く波江さんを眺めていると、痛みさえ忘れて自然と口元に笑みが浮かんだ。
俺の身体が波江さんの思考で物事を考える。気持ちいいとしか感じられない場所を触られたくないなんて本気で思っている。酷く滑稽だ。愚かで実にシュール、馬鹿っぽいとしか思えないが、それでこそ非常に興味深い。

「あなたこそ、気持ち悪いわ…」

俺の喜びが大きくなればなるほど波江の表情はかき乱され苛立っていく。この反比例がたまらなく愛しい、
――愛しているよ。





20100803


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