白のルチフェル:09



『プログラムナンバー3番、1年生障害物競走に出場する生徒は入場門前に集合してください』

「折原先生?」

「あれぇ、帝人くんじゃないの」

僕が我ながら身勝手で衝動的な告白をしたあの日から、既に一月が経っていた。
がらんと空いた救護用テントの陰に入っていくと、折原教諭はこちらを振り仰ぎながら少し驚いたように眉根を上げた。
僕はワザとらしいその仕草をからかうように、ニッと笑いかける。

「演技とかくどいですよ、先生。僕がこっち来るのガン飛ばしながら見てたでしょう」

「あは、バレてた?だってぇ、暇なんだもん」

彼の隣の空いている席を指して「ここいいですか」と訊けば、「まだ怪我人なんて出てないから大丈夫だよ」と返って来る。じゃあ遠慮なく、と腕をテーブルの角に当てないよう気をつけながら、埃っぽいパイプ椅子に腰を下ろした。

「応援席にいなくていいのかい?」

僕はうっと盛大に顔をしかめ、首を大きく横に振った。

「…退院以来、静雄くんが僕を気遣って身の回りの世話をしてくれるんですよ。クラスメイトにはドン引かれちゃうし、居心地もイマイチで」

「あははは、それ、聞いたよ!あのシズちゃんがお昼食べさせようとしてくれるんだって?ついに帝人様の時代だねえ!」

「や、正臣の引き具合が笑えないんですよ、本当。…でもまあ、こっちに来た本当の理由は別にありますけど」

「おーっと、これは!」

「テント下が唯一の日陰ですから」

「…あっ、そ」

「ところで折原先生」

応援席の一角で独走的に盛り上がっているド派手な集団を見遣りながら、隣で同じものを見ている彼に尋ねた。

「あのチアガール集団の先頭にムカつく眼つきの着ぐるみがいるんですけど。アレ、何なんでしょうね?」

「イザビッチ」

――即答。

「え、何ですかそれ。知りませんよ?」

――というかウザビッチってほとんどまんまじゃないの。
僕は何となく取り残された感を拭えぬまま、盛大に眉を潜めた。自分とて途中までは実行委員だったというのに、何も知らされていないというのはいかがなものか。
折原はペットボトルのお茶をごくごくと煽りながら、素っ気ない声で応じる。

「キミがいない間に決まったんじゃないかな。っていうかキミさあ…さっきあれがムカつくって言った?言ったよね?」

後半やけに険しい顔をしてキッと振り返った彼を、僕はハテナマークを浮かべてまじまじと見つめ返した。

「だってムカつきません?ってか折原先生、何でそんな必死なんですか?」

「いや…だってね!あれのモデル、俺だよ!」

「嘘でしょ」

「嘘じゃないって!」

はぁ…と思わず大きなため息をついてしまった。

「何言ってるんですか?うさ耳ですよ、あいつ。白衣にうさ耳って、どこの萌えキャラ?かと思えばやたらと眼つき悪いし意味不明です」

「だからね、あの眼が俺譲りなの!」

「えっ…やだ、嘘、キモイですよ!」

「そんな、キモイとか酷っ…!」

「あんなのだったら折原先生の方がずっとかっこいいです!全っ然似てないですから!」

僕ががーっと一気にまくし立てると、折原は急に真顔に戻って言った。

「帝人くん…」

「な、なんですか!?」

「キミ、ときどき良い子だよね。――はい、コレ!」

特別にあげると言って、ポン、と腕の中に押し付けられたものを首を傾げて見下ろした。

「なにこれ…ペットボトル?」

「ははっ喜ぶがいい、キミに間接チューの権利をあげよう。というのは建前なわけで、俺購買でコーラ買ってくるからパーッと飲んじゃって」

「ちょっと、先生!?」

「なーんちゃって、実はね!」

「え?せん…」

突然視界が翳って折原の姿が消えたかと思ったら、次の瞬間、頬に音もなく湿った感触が押し当てられる。
僕が驚きとともにぱちりと瞬きしたときには、眩しい視界の真ん中で彼が満面の笑みを浮かべていた。

「大丈夫、誰も見てないから」

顔を熱くする僕の前でしーっと人差し指を立てる先生は、まるで小さな子供のように楽しそうに見えた。




- fin -

20101008
お粗末様でした!
3万アンケに回答くださった皆さまにも感謝です^^



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