白のルチフェル:06



(貴方を好きだと言ったら、どうしますか?)
(僕は、貴方が――)

「…やめてよ、もう」

俺は取り残されたソファの上で吐き捨てるように呟きながら、ゆっくりと身体を起こした。
嫌だ。怖い。やめて。――聞きたくない。
手首にくっきりと浮かぶ手の形。唇に残る未だ生々しい感触。
まともに愛の形すら為せないであろう、そんな重い感情はいらない。
どちらかと言えば大人しい部類の、無口ではないけれど目立たない生徒。よく言えば優等生、悪く言えばありふれている。
彼の与える印象は、あのとき俺を鎖に繋いだ少年とよく似ていた。

(折原先生、)

好きと言われること自体は悪いことではないのだろう。ただ、その背後に横たわる無言の要求。綺麗な言葉を隠れ蓑に否が応にも突き付けられる欲望から、どうやったって目が離せない。気付かないふりなんてできやしない。
怖かった。情けないことに俺は怯えていた。もうあんな思いはしたくない、それだけが、嘘で塗り固めてきた俺の中で唯一の本音だった。
思い出したくもない。身体の隅々まで解体されていく、あの感覚。
俺は怖くてたまらないのに、ふと気付けばあいつはクスクスと笑っていた。酷く、楽しげに。深く知るまでは好ましいと感じていた笑みを晒しながら、白い腕がむき出しの俺の肌を滑っていった。
欲しくもないものを咥内に押し付けられ、えずけばさらに奥まで突っ込まれる。俺は自らの吐瀉物に息を詰まらせ、咳き込む。
そうなるとあいつは優しい言葉をかけてくることもあったが、逆に返って痛めつけることもあった。
力任せに尻を蹴られると、度重なる行為で疲弊した俺の身体はいとも簡単に床に這いつくばってしまう。萎えた性器を掴まれ、伸びた爪を先端の肉に突きたてられる。もっと綺麗な色だと思っていましたと、彼はそう言った。俺はその言葉で、こんなことになるずっと前から彼の“そういう対象”にされていたことを知った。
もう、嫌。あんなのはもう、沢山。到底受け入れられるはずのない感情を向けられたって、拒む以外に何ができよう?
気分が悪くてたまらなかった。
流しに手をつき、吐いた。朝何も食べなかったのだから当然出るものなどなく、ステンレスの底にぶちまけたのは透明な胃液だけ。口元を拭い、顔を上げる。
分からない。
けれど先ほどから一向に動悸が治まっていなかった。
現実と記憶の境が曖昧になる。あれから既に何年も経っているのに、喉元にせり上がる吐き気と息苦しさで視界が滲んだ。
俺はにわかに焦りを覚えながら一際大きく息を吸う。けれど肺に入ってくるのは単なる不要な空気ばかりで、酸素ではない気さえする。苦しい。掻き集めるように必死に空気を求めても、一向に楽にはならなくて。

(ちょっと、なに、これ。俺…)

脚の力が抜け、身体がぐらりとよろめいた直後に、激しい痛みを感じた。床に背中を打ち付けたのかもしれない。
その後は知らない。
どこかから聞こえ始めたサイレンの音だけが、いつまでも意識の底に残って、いて、それから…。





20100924


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -