白のルチフェル:03



「いーい?みんな、体育祭のマスコット投票は絶対誠二に入れるのよ?今年こそあの愛妻馬鹿には負けてらんないんだからね!」

2−A担任、矢霧波江はそんな熱弁でHRを締めくくり、教室を後にした。
彼女が誠二と呼んで溺愛するのは実弟なのだが、生徒達は既に「いつものこと」と流しているようだった。ちなみに学園内において、彼女が隣のクラス2−Bを受け持つ岸谷新羅と事あるごとに競い合っているのは、周知の事実となっている。






「波江さぁーん、一緒にお昼食べようよ!」

私が職員室の扉を開けるやいなや、無駄に高いテンションの男が飛びついてきた。
黒ずくめの上下に、とってつけたような白衣。一部の生徒にウザヤやノミ蟲といった愛称(?)で親しまれているアホで性悪の養護教諭である。

「ちょ、引っ付かないで。うざいわ折原」

日常的に冷たくあしらうようにしているのだが、最近はそれにも慣れてしまったのか効果がない。腕を振り回して威嚇しているにも関わらず、終始ニヤニヤ笑っている。

「ふふ、そんなこと言って波江さん、俺の弁当作ってきてくれたんでしょ?」

「! なんで分かるのよ!?」

私がハッと折原を凝視すると、彼は無駄に整った色白の顔をいやらしく緩ませた。

「お腹空いちゃったからさ、波江さんのカバン…開、け、た」

「…最っ低ね」

「もう。波江さんて、ホンっト素直じゃないよねえ?」

彼は悪びれる様子もなくさっさと私の横の空いた席につきながら、ニヤケ顔はそのままにするすると弁当の包みを解き始めた。
私はプリントの余りをデスクにパサリと投げ出し、眉宇をひそめてそれを見下ろす。

「勘違いしないで。私がソレ作ったのはね、貴方がほっとくとジャンクフードばっか食べてるって聞いたからよ」

「へえ、誰に?」

「ああ、それ、僕」

ちょうど数人の教師に続いて職員室に入ってきた岸谷新羅が、折原の問いに答えながらゴロンと私の右側の机に教材を置いた。
ちらりと横目で見遣ると、表紙にグロテスクな生物の描かれた悪趣味な教科書と人体模型の一部だった。

「良かったろ、臨也。僕のお陰で矢霧くんの愛妻弁当が食べれて」

「うんうん、たまには役に立つね新羅って!」

「たまには、か…」

「愛妻ってちょっと、岸谷。はめたわね?」

私が盛大に顔をしかめるのを見て、天敵はニヤリと口角をつりあげる。

「いいじゃないか、たまには弟くん以外の男で気でも逸らしてみたら?どうせ報われっこないみたいだしね」

「余計なお世話。そんな脅しかけたって、体育祭のマスコットの座は譲らないわよ」

「いーや、今年こそ!日章旗の横には絶対セルティを立てるって決めてるんだ!」

「そうはさせないわ変態眼鏡っ。誠二の方が絶っっ対カッコイイんだから!」

「セルティだって男前という点においては互角――」

「んーっ!んまい!」

私と岸谷は割り込んできたその声でハッと我に返った。恐る恐る、あらためて周囲を見回す。――気付かぬうちに職員室中の人間の視線が集まっていた。

「す、すみません…」

自然と引きつる表情で上司や同僚に謝った後、渋々席に着きながらヒールで岸谷の脚を踏む。アンタの所為なんだからね。すると彼も負けじと踏み返してきたのでまた踏んでやった。踏む。踏まれる。踏む。それは無限に続くかと思われたが。

「うーん…でも、アレだよね?」

私達はささやかな戦闘を止めて、もぐもぐと暢気に弁当を頬張る折原へ目を向けた。

「俺が思うにさあ、どっちもマスコットには選ばれないと思うんだけど」

「ええっ!?」

ポカンと口を開ける私達を他所に、折原は暢気にも卵焼きをつっつく。

「これまでだってそうだったでしょ。それに今年は…ほら、C組の女子で可愛いマスコット応募した子がいたみたいだから。…あ、これ甘くないやつだ。波江さん、俺の趣味よく分かってるね!」

後半の褒め言葉は、ショック状態の私の耳には入らなかった。

「嘘、なにそれ……また、誠二じゃ、ないなんて」

――信じられない。最悪だ。今朝食べたご飯、全部吐けそう。
しかしそれは私に限ったことではなく、隣の岸谷も同様だった。

「うわあああ!!ゆゆ許してくれええセぇルティイイイ!!」

耳が痛くなるような悲痛の叫びを発しながら、何度も机に頭を打ち付けている。私も誠二を想って同じことをしたかったが、この男とお揃いは嫌なのでやめた。

「C組って言えば、もしかしてあの漫研の子かしら?」

「ああっ!あのオタクの!だとしたらえっと、えーっと、狩…狩……そう、狩沢とかじゃなかったかい?」

「――ああ、うん。確かそんな名前だったと思う」

折原の釣り目はいつの間にか垂れ下がり、どことなく呆れたようなオーラを漂わせている。

「へぇー…臨也、クラス持ってないのによく知ってるねぇ!」

岸谷が珍しく関心したように目を丸くすると、折原はああ、と頷いた。

「シズちゃんが言ってたからね。あの子、あー見えて結構可愛いもの好きなんだよ」

「え――シズちゃんって、あの平和島静雄?」

「そうだよ?」

「ねえ折原。それで思い出したんだけど、一つ訊いていい?」

「ん、何…」

「――貴方達、デキてるの?」

「は?」

直後、折原が明らかにぎょっとしたような眼つきで私を見たので、私は訝しげに視線を返した。――何だろう。何かおかしなことを言っただろうか、私。
内心首をかしげていると、彼は薄い唇をゆっくりと開いた。

「どうして…そんなこと、訊くの」

掠れた声だった。

「あ、いえ。別に深い意味はないのよ?うちのクラスの女子に、そんなこと話してる子がいたから。ほら何、その、ボーイズなんとかって…」

「ちょっとなにそれ、ばっかじゃないの!」

ガタン、と大きな音と共に彼が立ち上がった。その勢いはこの場にそぐわぬほど激しいもので、私は状況を理解するのに少し時間を要した。弾かれて滑っていった回転椅子が後ろの席に当たり、コツンと寂しげな音を立てる。

「えっ…と。折、原…?」

「臨也!?」

「!――あ、」

呆気にとられて見上げる私達の視線に気付いたのか、彼はすぐにバツの悪そうな表情を浮かべた。

「ご…ごめん、波江さん。――ああっ、そ、そうだ俺、ちょっと保健室戻ってるよ。弁当凄く美味しかった。新羅も、ごめん」

弱々しい視線。尻すぼみに消えていく声。無表情のままにいそいそと弁当箱を片付けてから、逃げるように職員室から出て行く背中は、普段の陽気を完全に失っていた。小さくすら見えたそれに、私の胸を罪悪感がよぎる。

「…何か悪いこと言ったかしら」

いや、と首を振ったのは岸谷だった。

「多分キミの所為じゃないと思うよ」

「えっ…」

「あいつさ、前の赴任先でちょっとあってね」

眉宇を潜めた私の視線の先で、折原と同じ高校から転任してきた彼の友人は淡々と事実だけを告げる。

「彼…、乱暴されたんだよ。目をかけてた男子生徒にさ」





20100923


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