白のルチフェル:01



「ちょっと正臣、また英語出ないつもり?」

体育の後の休み時間、同じクラスである俺と帝人は早々に着替えを済ませて保健室でたむろしていた。
次の授業になど到底出席する気のない俺は、体操着を放り出してごろりとベッドに身体を投げ出す。
エスケープ常習犯の俺にはほぼ専用のベッドがあり、ベッドの周囲、白いカーテンで仕切られた小さな空間は半ば私有化されつつあった。
当然それを、いい子ちゃんの帝人くんは快く思っていないらしいのだが。

「ふふっ、俺にかかれば言語の壁などどうということはない!何人とでも意思疎通してみせるぞ!」

「はぁ…。そんなこと言ってると、勉強ついていけなくなるよ?」

「気にしない気にしなーい」

「もう、正臣ってば」

キミのためにテスト前の貴重な時間を拘束される身にもなってよね、そう彼が溢しかけたとき――

「おい、ノミ蟲はいるか!?」

仕切りを隔てた向こう側にあるドアが乱暴に開けられ、およそこの場に似つかわしくない大声が響いた。
俺達は肩を竦めて互いに顔を見合わせる。
それが誰かなんてことは確かめなくとも分かっていたからだ。
白い布の奥で、ふわりと灰色の影が立ち上がった。

「ちょっとシズちゃん、寝てる子もいるんだから静かにしてよ?君はあくまで静ちゃんなんだからね」

「なんだと?けどよぉそこにいんの、どーせ紀田とかサボり組だろ?」

養護教諭の折原臨也に対し乱暴な口を利くのは、隣のクラスの平和島静雄。
キレやすく、最早喧嘩が趣味のような動向をしており、多分学校一の問題児。そんな奴に名指しでサボりとか言われるのは俺としてはちょっと心外である。
折原教諭はふぅと呆れたようにため息をついていた。

「いや、今日はホントに風邪の子もいるからね」

「――えっ…?んっと…あ」

少しは後悔したらしい静雄は一瞬言葉に詰まり、その後、

「んがああああっ、もう!そんなことはどうでもいいからとっとと手当てしろよ!」

「……。シズちゃん、それ人にものを頼む態度じゃないよね?」

「何だと!?俺はてめえが言うからわざわざ来てやってんだぞ!?ホントは怪我なんてほっといたって治んだよ!」

「はいはい分かりましたー。キミってば本当、暴君」

ピンセットを抜き取るカチャカチャいう音と、「くっ」と息を詰まらせる静雄の気配。

「…っ!おい、てめ!」

「あっれれー?もしかして消毒液沁みた?」

「ひっ、あうぅ…も、もっと丁寧にやりやがれ」

「あは、シズちゃんでも痛覚はあるんだねえ。先生安心したよ」

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ、殺すぞバカ」

「イタっ」

ボコ、とくぐもったような音から推察するに、折原は殴られたらしい。

「――あ」

俺はそこで我に返り、自分たちがいつの間にか隣で繰り広げられる応酬に聞き入ってしまっていることに気付いた。デジタル式の腕時計に目をやれば、思いの外時間が経っている。

「ちょ、帝人」

カーテンの向こうを凝視したまま、じっと動かない横顔に声をかける。

「なあ帝人、そろそろ教室戻った方が良いんじゃねえの?」

「……」

「おい、帝人!」

「……え?」

たった今目が覚めたかのような緩慢な動作で、友人はゆっくりと俺に視線を戻した。
俺は片手でポンポンと布団を叩きながら早口に告げる。

「ほら、教室。次英語だろ?」

――ノートを取ってもらわないと困るからな。

「え…ああ、うん、そっか。…ってアレ!?もうこんな時間!?」

「なあ、帝人」

焦ったようにカーテンを捲り上げかけた背中に、俺はなんとなく尋ねかけた。

「お前、大丈夫か?」

「えっと、――何が?」

円らな瞳が不思議そうにパチパチするのを見て、いや、と首を横に振る。

「ならいいんだけどさ!」

「そう?じゃあ――」

気のいい幼馴染みはいつも通りの子供っぽい笑顔を浮かべて、後でね、と明るく手を振った。
俺は今しがたのひっかかりよりも、その切り替えの鮮やかさに驚く。
だって、さっきの帝人――

(すげえ、深刻な顔してた)

最近時折見せるようになった。
まるで何かを押し隠すように唇を噛み締めた友人の叫びが、今にも聞こえそうな気がした。





20100920


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