SEXY PANIC:09



「波江さぁん!もう一杯〜!」

「…まだ飲むの?」

グラスを掲げて催促すると、波江さんは呆れたように眉尻を下げた。
俺はあまり酒に強い方じゃない。基本的にビール2杯くらいで朦朧としてくる性質なので普段はなるべく控えるようにしている。
けれど今借りている波江さんの身体は違う。
飲んでも飲んでもまだ飲める。なんて強靭な身体なんだ。素晴らしい。

「それ以上飲むと、流石に明日に響くわよ?」

「あっははー大丈夫だってー。そーいう波江さんは全然飲んでないね!」

俺はブンブンと手を振ってから、さらに新しいワインのボトルを傾ける。今ものすごく気分がいい。

「そりゃ私だって飲みたいけど…。あなたの身体、案外ダメな性質みたいだから」

既に真っ赤な顔をした彼女は少し淋しそうに言った。

「うーん、まあね。…意外?」

「少し」

「逆に、俺はこんなに飲んだの初めてかなー?っていうか…うーん、なんかさ、ちょっと眠くなってきたかも…」

欠伸交じりに言っていた傍からふわりと身体の力が抜けた。重力に身を任せ、そのまま背中からカーペットの上に寝転がる。

「え?ちょっと、そんなとこで寝ないでよ。まだ化粧も落としてないのに」

顔の上に影が落ち、超迷惑そうな俺…じゃなかった、俺の顔した波江さんが覗き込んできた。
今朝ワックスをつけてあげた短髪が乱れている。癖でしょっちゅう髪を掻き上げようとするからだ。今は長い髪なんかないのに、つい忘れてしまうんだろう。
彼女の綺麗な長い黒髪は今じゃあ俺のものなのにね。そう思うと、少しだけ笑えてくる。

「何をニヤニヤしてるのよ」

「へへ、ねえ…波江さん?」

俺はだらしなく寝そべったまま名前を呼び、黒いシャツの袖をついと引っぱった。こちらに倒れこみそうになり、すんでのところで制止する彼女。

「何?」

「…してよ、キス」

口を指して笑いかけると、間近に迫った赤い双眸が大きく見開かれる。

「馬っ鹿じゃないの?ちょっと入れ替わったからって調子に乗らないでよね」

「あーあ残念、今の俺こんなに魅力的なのに」

「…あのねえ、それ一体誰の身体だと思ってるのかしら」

「波江さんの」

「言っとくけど…他所でそんなはしたない格好しないでよ?」

「大丈夫。キミの前でしかしないさ」

波江さんは一瞬、奇妙な表情を浮かべた。
それはまあ…当然と言えようか。彼女にとっての恋愛対象は弟ただ一人だけ。最初から俺なんてお呼びじゃない。
けれど、別に本気で好かれたいなんて思っているわけでもない。
キスをせがむのも、単に彼女が嫌がることを知っているからで――
俺の思考はそこでぷつりと途切れた。

「……ンっ、」

黒に包まれる視界、生ぬるい温度で密着する濡れた感触。
――え、そんな、まさか。ナニコレ。
現在進行形で何が起こっているのか頭では分かったけれど、その理由を説明できなかった。とりたてて強要したつもりはないのに、本当に…してくれるとは。
マウス・トゥー・マウス。恋人同士がするような本物のキス。――波江さんと、俺が?

「…これっきりよ?」

しっとり濡れた唇を離しながら波江さんは言った。その声がいつも通りかそうじゃないかなんて、俺には判断がつかなかった。
正直少なからず動揺していたし、多分、波江さん自身さえ意味なんて理解していないのだろうから。





20100822


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