ソルティ・ラブ



「……波江さん」

「……」

「ねえねえ、波江さんってば」

「……」

私がじっと黙ったまま書類作成のためにキーボードを叩き続けていると、窓際からギイ、と回転椅子の軋む音がした。ついに耐えかねて席を立ったのだろう。

「いつまで俺を焦らす気?爆発しちゃうよ?」

デスクの横にぐいと手が突かれ、こうなれば嫌でも視界に臨也が入ってくる。私は内心億劫に思いながらも仕方なく画面から目を離した。

「爆発って、何」

「俺のナニが」

「勝手に自爆して火山灰にでもなればいいわ」

「ちょ…冷たいね波江さん。ホントは気付いてるんでしょ?ねえ」

この男は一見図太く肝が据わっているようでいて案外打たれ弱いタイプだ。私もここで働き始めてもうしばらくになるが、ここ最近ようやく知り得た事実である。プライドだけは人一倍でも、精神は子ウサギ並み。年に一度、今日というこの神聖な日に何もないなんて由々しき事態があっていいはずないと焦っている。しかしながら平気でそれをやってしまうのが私、矢霧波江という女だ。彼女もちの弟にアレを贈る度胸なんてあろうはずもない私に限っては、黙ってこの一大イベントをすっぽかしてしまう可能性があり得る。それゆえにこの男はその傲慢なまでのプライドをこうして若干切り崩しながらも催促してくる。
それでもやはり“顔だけはいい”男。わざわざ相手の機嫌なんかとらなくても大丈夫だろうと安心しきっている、斜め上から見下したような態度が憎たらしい。いーい?女は顔だけじゃ落とせないのよ。

「そうね、そんなに欲しいの?だったらこれでも食べれてれば?」

元来負けん気の強い私は、あたかも非情に鼻で笑いながらデスクの引き出しからポッキーの箱を取り出し、ぐいと上司に押し付けた。
すると彼は、折原臨也は酷く傷ついた顔を見せた。
あろうことか彼が、一介の部下、しかも女の前でこんな。普段なら極悪人と変態と中二をまとめて圧縮したような性格を滲み出させている顔は泣きそうになっていた。ちょっと、何なのこの爽快なまでの予想の裏切られ方。腹を立てて開き直るわけでも拗ねてヘソを曲げるわけでもなく、それ?
顔や態度にはさほど表れていないように思ったが、恐らく何日も前から期待していたのだろう。しかしこうもあからさまに凹まれると見ているこちらの方が痛くなってくる。このゲス男でもこんな顔ができるのだという新たな発見よりも、罪悪感の占める割合の方が大きい。

「し…仕方ないわね。特別に食べさせてあげるわ」

ついに根負けした私は一度乱暴に手渡した箱を再度取り上げると、彼の目の前でべりべりとみっともない音をさせながら箱を開封していく。
臨也は珍しく減らず口を叩かずにこちらを凝視していたが、私はそんな視線などお構い無しに、ロマンチックさの欠片もない安物菓子を取り出して、チョコのついていない端っこを自らの口に咥えた。

「え…えっと……これ、どゆこと…?」

臨也は口角を片方だけつりあげた不自然な笑顔を浮かべ、一拍おいて尋ねてくる。まるで無理矢理笑おうとしているかのようなおかしな表情だった。

「……早くしないと遊んであげないわよ」

私がポッキーを口に挟みながらくぐもった声で返すと、ようやくこちらの意図が解ったのだろう、臨也は初めてふにゃり嬉しそうな顔を見せた。いつもの厭らしい笑みとは少し違う。ひょっとすると今朝あたりから多少は緊張していたのかもしれない。
――らしくない。全くもって彼らしくないわ。
心の中で笑い混じりに呟きながら、私は持ち手部分を少し齧った。
反対側からチョコ部分を食べる臨也のスピードが意外に遅いのが可愛らしく感じられ、少し微笑ましくもある。
仕方がないから後でちゃんとしたのを贈るべきか。元々こんなチョコレートメーカーの陰謀なんてくそくらえだと思っていた私であるが、しばし考え直してみることにした。




20110215
バレンタイン…


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