何か問題でも?:01



※帝×青臨
※帝人くんが腐男子で酷い人。傍観者




「大事な話があるから来てくれないかな…?僕の、その…秘密を打ち明けたいんだ」

携帯のスピーカーから響く帝人の声に改まった調子で言われ、黒沼青葉はその場で飛び跳ねたくなる衝動をすんでのところで抑えた。
彼が先輩である帝人のストーカーを始めて早数ヶ月。嫌がる顔は照れ隠しと信じて自ら家に押しかけたことすら数え切れないほどあったが、向こうから青葉を招いてきたのは初めてだ。
遂に何か進展があるのだろうか。いつも肝心なところで控えめな帝人のことだから、秘密なんて相当親しい人間にしか打ち明けないに決まっている。そうに違いない、きっと。
自分はようやく帝人先輩の親友の座を奪い取ることに成功したのだ。青葉はそう確信していた。

(くく…ざまあ紀田正則。ん?正史?まあどっちでもいいか)

頭がいいのか悪いのかいま一つはっきりしないこの少年は、かつてないほどに晴れやかな気分のまま、歩きなれた帝人宅までの道のりを辿っていった。

「こっんにちはー先輩!僕です青葉でーす!」

「あ、ちょっと待ってね青葉くん」

いつ見ても限りなくボロいアパートの二階にあるこれまたボロい扉を叩くと、向こう側からくぐもった帝人の声が聞こえた。人が良いというか、のんびりしているというか。そういった雰囲気が滲み出している。青葉のような得体の知れない人間を自ら宅に招くあたり、実際危機感というものが人より薄いのかもしれない。

「あれ、どうしたの青葉くん。顔の筋肉おかしいみたいだよ?」

「えっ?」

ふと我に帰ると目の前の扉はいつの間にか開いていて、内側からドアを支える帝人が怪訝そうに眉を潜めていた。
青葉は自分でも知らず知らずのうちにニマニマ笑いを浮かべていたことに気付き、ハッと慌てて頬を引き締める。

「あ、あはは…つい嬉しくって」

「え、何が?――まあいいや。とにかく来てくれてありがとう青葉くん。入ってよ」

「お、お邪魔しまーす…」

青葉が帝人の前を通り過ぎて玄関の敷居をまたぐと、帝人はその後ろで静かに扉を閉めた。
青葉は相変わらず狭苦しい玄関だなあと思いつつも文句は言えないままにスニーカーを脱ぎ、何となく下を見た拍子に、脱いだ自分の靴の横に見慣れない履き物を見つけた。
サイズからして明らかに男物のようだったが、真っ先に思い浮かんだ天敵・紀田が穿きそうなカジュアルなデザインではなく、シックな黒い革靴である。

「あのー、帝人先輩?今誰か来て…」

「ちょっと何やってんのさ、帝人くん」

えっ?と青葉が奥の部屋に顔を向けると、このボロ家にもっとも似つかわしくないものが目に入った。
真っ直ぐな短髪に真っ黒なコート。狡賢そうな切れ長の瞳が、不機嫌な色を湛えたままこちらを見ている。

「あっすいません臨也さん、コーヒー僕の分も飲んでいいんでもう少し座っててください」

帝人はぺこりと頭を下げながらそう答え、たじたじする青葉の隣でつっかけを脱ぎ落として奥へ入っていった。

(――え?え?)

青葉はこの状況に少なからず混乱していた。
切羽詰った様子で大事な用があると言われて来たのに、何故よりにもよってここでこの男に出くわすのだろうか。

「…青葉くん、何してるの?早く上がって」

「え、あ、すみません…!」

青葉が恐る恐る居間に入ると、折りたたみ式の小さな丸テーブルを囲むようにして帝人と臨也が座っていた。非常にシュールな光景だ。
臨也は青葉を見ると一瞬こめかみをひくつかせたが、取り立てて何を言うでもない。
青葉がここに来るまでの間、帝人と二人きりで一体何の話をしていたのだろう。

「コーヒーにする?コーラにする?」

「あ、じゃあコーラで」

帝人は青葉の返事を聞くと、何かの景品といった雰囲気をかもし出しているコップにペットボトルのコーラを注ぎ、にこりと笑ってテーブルの空いた場所に置いた。

「どうも、すいません」

正直なところあまり喉は渇いていなかったが、とりあえず青葉は好意に甘えて受け取った飲み物を一口飲んでおくことにする。というより何より、この場が気まずすぎて他にすることを思いつかなかったのである。

「帝人くん。で、話って一体何なの?」

唐突に臨也の口を突いて出た言葉に、青葉はぎょっと目を瞠った。
もしかしてこの男も自分と同じ話を聞くためにここに来たのだろうか。だとすればコレは酷い。帝人は確かに臨也に対し一目置いているとは思うが、こいつと二人いっぺんに打ち明けられる秘密だなんて、ろくなものじゃないだろう。きな臭いにもほどがある。

「ええ、その話なんですけど…」

帝人は臨也と青葉の顔を交互に見遣り、おずおずと遠慮がちに切り出した。

「誰にも言わないでくれませんか?それで、その…僕の言うことに一つだけ付き合ってほしいんですけど…」

「あのさぁ帝人くん。まずは話を聞かない限り、返事のしようがないんだけどー?」

当然に溢される臨也の不平に対し、帝人はにっこりと応じた。

「大丈夫です。臨也さんは多分断りませんから」

「え?何で?」

「それはですね…うん、よし…そろそろいい頃合かな」

帝人が腕時計を見て満足そうに微笑んだ直後、唐突に臨也の身体がぐらりと傾いだ。ガチャン、と大きな音を立ててテーブルにつっぷしたそのことに驚き、青葉はぎょっと身を引いた。

「み、帝人先輩…!あなたは、一体何を…」

気を失っているのだろうか。だらりと力を失った臨也の身体をよいしょと抱き起こす帝人を見つめ、青葉は呆然と呟いた。
帝人は青葉の反応に何を感じたのか、おかしそうにクスクスと笑う。

「青葉くん。君はさ、僕の秘密、聞きたい?」

「え…?」

「あのね。僕、腐男子なんだ」

「ふ…何?」

「ホモが好きなの。年下攻めの。だからさ青葉くん、臨也さんとイチャついてよ。――僕のためなら、できるでしょ?」

笑顔のまま恐ろしいことを口にした帝人に、青葉はただ絶句するしかなかった。


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