人生最大の汚点
「このメンバーで遊びに来るのって久しぶりだよな」
発券機のところから戻ってきた門田くんが、アトラクションのファースト・パスを臨也、静雄、僕、とそれぞれに手渡しながら感慨深げに言った。
僕は「サンキュ」と礼を言いつつ券を受け取り、彼の言葉に頷く。
「まあ、ね、ちょうど四枚チケットあったし。よくよく考えてみれば、こんなの来神卒業以来だよね?」
金髪を含めた大の男が四人。傍から見ればちょっとシュールな光景ではあるが、たまにはこういうのも悪くないのではなかろうか。
などと思いながらちらりと横を見遣る。明らかにこの状況を快く思っていない人間が一名いた。
「くそ、わけ分かんねえ。何でノミ蟲まで来てやがんだよ。くそっ」
僕の隣で文句たらたらな静雄は、流石に今日は目立つバーテン服は控え、青いパーカーにジーンズといったラフな出で立ちをしている。本当は幽くんに貰ったバーテン服以外を着て外を歩きたくないとダダを捏ねていたのだが、門田くんと僕が全力で阻止したのだ。
「いいじゃないのシズちゃーん、人数多い方が楽しいでしょ?てかむしろ俺たちお友達だしィ?」
「何ほざいてんだ馬鹿!てめえがいると一々俺の心がかき乱されんだよ!」
「あっは!シズちゃんって乙女ン?かっわいーっ!」
「あああああン!?」
「ちょ、静雄!待って、ちょい待とう!」
痙攣する指を手近なベンチに伸ばそうとした静雄を、門田くんと二人、両側から慌てて押さえつけた。
「頼むよ静雄、落ち着いて!」
「あ?離せっおいコラ!今日と言う今日こそはノミ蟲を殴らにゃ気がすまねぇ!」
「大丈夫だ、心配するな。臨也は俺たちが代わりに殴っておくから」
「え?ドタチン?」
「あ、そうだ静雄、あっちのライダー乗りにいこうよ!さっき門田くんがパス取ってきてくれたからそんなに並ばなくてもすぐ乗れるし。ね?」
「…!」
現在進行形でビュンビュン稼動しているジェットコースターを指し示すと、静雄は何とか踏みとどまってくれた。打って変わってケロッとした顔で、「臨也殴るのは後でもいっか」なんて言いながら口笛まじりに歩き出す。
あまり知られてはいない情報だが、彼は専ら絶叫系に目がない男で、評判のマシン目当てに地方のテーマパークまで足を運ぶほどであった。昔平和島兄弟と遊びに行った際に知ったのだが、立て続けに十本くらい乗っても気持ち悪くならないらしい。
すっかり機嫌を持ち直した静雄を追いかける前に、僕はあとの二人を振り返った。
「臨也はどうする?やめとくかい?」
「あ、うん。俺あっちのカフェで待ってるよ。…ドタチンはどうするんだっけ?」
「俺は臨也に付き合うよ」
「了解ー。じゃあ二人とも、あとで連絡するね!」
「んあ?」
門田くんと臨也が「じゃあ、また」と言って別方向に離れていくのを、先を行く静雄は少しの間ぽかんとした顔で見送っていた。
臨也たちの姿が見えなくなった頃、僕と一緒に列の最後尾に付きながら不思議そうに聞いてくる。
「…なんであいつ乗らないんだ?」
臨也って心臓悪かったっけなどと首をかしげる静雄の反応に、僕は思わず笑ってしまった。
「はは。うん、まあ…トラウマってやつだよ、あいつの場合は」
「トラウマ?」
「ああ。うん、信じられないかもしれないけどそうなんだ…」
そこで僕は口元に手を当て極限まで声を落とした。当人はここに居ないのだから、本当は別にそんなことする必要なんてなかったけれど。
「静雄。…誰にも言わないって約束できる?」
「あ?ああ、できるできる。多分」
「多分ってねえ…。絶対じゃないと困るなあ」
「ああ、絶対言わねぇ」
「ホントに他言しないでよ?えっと、うん。あれは中学の修学旅行のときだったんだけどね…」
『えー!?臨也って絶叫系乗ったことないの!?』
『え、まあ…小学校のとき遠足休んじゃってさ、実は遊園地とか初めてなんだよねえ』
『へーえ!それは無知蒙昧なことだね!』
『…え?』
『知ってたかい臨也?絶叫系ってね、どうして絶叫系っていうと思う?……本当に死ぬんだよ。人が』
『えっ!?な、何言ってるの新羅!』
『ほら、今から僕らが乗るあれを見てご覧よ。もの凄いスピードで走ってるだろう?あれに乗ったら約二パーセント確率で心臓が止まっちゃうんだ。入り口のところに書いてあったよ』
『え、そんなに高いの!?でも…そんな、こんなに沢山人が並んでるのにおかしくない!?』
『統計によるとジェットコースターに乗る人の8割は自殺志願者なんだよ。臨也ったら、人間が好きなのにそんなことも知らなかったの?』
『や…やだ。俺そんな危ないの乗りたくない。帰る!』
『なーに言ってるの臨也。途中で抜けるなんてルール違反、許されないよ』
『そんなっ!だって俺、まだ死にたくないもん!』
『不可抗力だよ臨也。ほら、生憎もう順番が回ってきちゃったし。乗るしかないよ。ね?』
『い…嫌だ!新羅離してっ!嫌っ、嫌だってばああああ!』
「そして僕の言葉を真に受けた臨也は、恐怖のあまり失禁してしまったわけだ。ちゃんちゃん!」
僕がことの顛末を全て話し終えて隣を仰ぐと、静雄の唇は何故か不敵に釣りあがっていた。
う…ん?何だかよく分からないけどものすごく嫌な予感がする。
「えーっと…静雄?」
「くく…はは…いいネタ掴んじまったぜ。なあ、臨也くんよぉ…」
他言しないという約束をもう忘れたらしい友人の馬鹿さ加減に、自分の顔がみるみる青くなっていくのが分かった。
20101030
企画『Are?』様へ
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