捕獲完了!



「静雄さーん!こっちこっちー!」

「お、ありがとな舞流。確かにノミ蟲臭がするぜ!」

殺る気満々といったシズちゃんの声がすぐそばまで近づいてくる。
やばいやばい逃げなきゃ。
舞流が怪物を手招きする一方、あっさりと拘束を解いた九瑠璃が「どこにでも行けば?」って眼つきで面白そうに見ているのが腹立たしいが、今はそんなことを言ってる場合じゃない。こんな状態であいつに捕まったらどうなるか。無事でいられる保障なんてどこにもないのだ。

「やっと見つけたぜ!待てコラノミ蟲ぃぃい!」

俺が持てる力を全て使って駆け出したとき、路地一杯にシズちゃんの怒声が木霊した。やばいやばい、止まっちゃいけない。逃げるんだ。
バイブが相変わらずランダムな動きで腹の中をかき回していたため、俺はその快感を頭から消し去るので必死だった。性欲のことは全部忘れろ、走ることだけ考えるんだ。
角を曲がりかけたところでバイブの先端がしこりに触れ、うっかり変な声を出して転びそうになった。
慌てて体勢を立て直し、チラリと背後を振り返る。怒気を放つ喧嘩人形はもう俺の目と鼻の先まで迫っていた。

「おらぁ!観念するんだなぁ臨也くんよぉ!」

「ひっ!?」

シズちゃんが手を横に滑らせたのを視界の端で確認した次の瞬間、ブゥン、と唸りを立ててゴミ箱が俺の脇を掠めていった。やばい。やばいよ。さっきのクスリの所為だか知らないけれど、目まで霞んできてるし。

「お?どーしたよ、今日はあんま逃げねえじゃねーか?」

「ッ馬鹿、逃げないんじゃないよ、逃げられないの…あは、ってかシズちゃん、アンフェアは嫌いじゃなかったっけ?俺こー見えて今、凄く調子悪いんだよ?」

「へえ、そりゃめでてぇな」

目をギラつかせながらシズちゃんが一歩近づく。
俺は引きつった笑顔を貼り付けたまま一歩後ずさる。
バイブのモーター音が相手に届くか届かないかというギリギリの境で、俺たちは相対していた。既に下着の中はぐちゃぐちゃになっていて、奥を擦られて何度も吐精した腰は今にもへたり込んでしまいそうだった。正直なところ、これ以上走れる自信はない。

「ねえ、シズちゃん。頼むよ…」

チワワの目って、どうしたらできるんだろう。

「くく、なあノミ蟲。てめえはこれまでに散々、アンフェアな戦いを吹っかけてきたよなあ?」

「それは――」

二年前のあれを言っているのだということは、聞かなくても分かる。ブルースクエアと派手に揉めてシズちゃんが逮捕された一件は、明らかに俺が仕組んだことだった。

「いや…あのね?あのときはホントに悪かったって思って…」

「俺がてめえの言葉信じるほど馬鹿だと思うか?」

「……ッ!」

反射的に後方に逃れ、弾丸のように突っ込んできた二個目のゴミ箱を際どいラインでかわした。
それなのにあろうことか肝心の着地に失敗してしまい、その場で後ろ向きに転倒。
派手に尻を打ち付けて痛みで蹲る俺の頭上に、すうっと黒い影が落ちる。俺は痛む腰を擦りながら薄目を開け、死神にも匹敵するシズちゃんのシルエットに、もうおしまいだと再度眼を閉じかけた。
――しかし、そのときである。

「あれ、何か携帯鳴ってないか?」

「えっ…?」

――なに言ってんの。
拍子抜けしてポカンと口をあける俺に向かって、シズちゃんはぶっきら棒に繰り返した。

「ほら、携帯。てめえのだろ?」

「…………ない」

「あ?」

「もう、シズちゃんわけ分かんない!これが携帯のバイブ音なわけないだろ!?てかさ、殺そうとしてる相手に電話の心配なんて、とぼけるのも大概にしてよ!」

バカバカバカ!と勢いに任せて怒鳴ってしまってから、しまったと思い口を閉ざす。

「――あ」

「……」

今ので絶対キレさせてしまったに違いない。目ン玉かっ開いてこちらを凝視しているシズちゃんに気付き、俺は尻もちをついたまま後ずさろうとした。やばいやばい、俺死んじゃう!っていうかあれ?待ってコレ、上に乗っかっているシズちゃんが邪魔で動けないんだけど。

「あは、ごめ…、ちょっと睨まないでくれるか…ひぃ!?」

シズちゃんの手にがしりと襟首を掴まれ、俺は思わず声を裏返らせた。こ、殺される、今度こそ殺される。ぎったぎたにされるんだ…!
しかし奴はそこで俺が予想だにしなかった反応を見せた。
シズちゃんが上、俺が下。数十秒前には殺すつもりで組み敷いたであろう己の体勢を改めてまじまじと見下ろし、何故か頬をパッとピンクに染めたのだ。

「なあ、臨也」

「な、何」

「てめえってよ――そんな色っぽかったっけ?」

「――え!?」

話が思わぬ方向に走ったことによって俺の頭はフリーズした。とにかく何とかしなきゃ、なんて危機感ばかりが先走って口だけが勝手に動いていた。

「あっはは、ちょ、色っぽいって待ってそれ、気のある異性にいう台詞じゃないの。よく考えて、俺どー見ても異性じゃないからね、ってかシズちゃんなにそのあほ面。そーいうのホの字って言うんだよ?ねえ、どういう意味か知ってる?まっさか、シズちゃんごときがこんなモテモテの情報屋さんに手ぇ出そうなんて、百万年――ブフーッ!」

俺の我ながらよく動く口が、動きを止めた。
否、強制的に止めさせられたのだ。
シズちゃんの――こんなこと信じたくないが――俺の大っ嫌いな池袋の喧嘩人形の唇が現在進行形で俺のそれと重なっていた。

(ちょ、待ってコレ、冗談きつ、すぎ…いやああああああああっ!!)






「イザ兄、食べられちゃったねー!」

「肯…(食べられちゃった)」

情報屋の二人の妹はビルの陰でいたずらっぽく視線を交わし合うと、さらなる兄の痴態を納めるためにビデオカメラを回し始めた。





20101018
下心満載\(^o^)/


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