糖度−20%



静臨『糖度45%』と対




「うふふ青葉くん、好きなだけ食べていいよ?」

――話題の喫茶店のボックス席にて。
テーブル一杯にところ狭しと並べられたケーキを前に、向かいに座る帝人先輩はにっこりと俺に微笑みかけた。

「あ、…ええと」

俺はひきつった笑みを返し、尋常とは言えない量の甘味をチラリと見下ろす。
ショートケーキ、ティラミス、ガトーショコラ、モンブラン、抹茶ムース…
甘いものが全く食べられないという程ではないが、決して好きな部類ではない自分にとって、コレだけ取り揃えられるとむしろ吐き気さえ覚える。

「あの、帝人先輩、これほんとに全部…」

「そう。君が食べるんだよ?できるよね。君には愛の力があるものね」

僕のおごりなんだから食べなかったらどうなるか分かってるよね?と無言の圧力を加えられ、俺はたらたらと冷や汗を流した。残せば彼の機嫌を損ねることは必至。
だって帝人先輩ときたら、俺が甘いものが好きでないのを知っていながら、騙して無理矢理ケーキバイキングなんぞに連れて来たのだ。自分が愉しみたいばっかりに。
――狂ってる。絶対この人イカれてるよ。
俺は早くもこみ上げてきた精神的な胸焼けと格闘しながら、比較的甘みの少なそうな苺のショートケーキの乗った皿を手に取った。ごくりと息を飲み、フォークでちまちまと角っこに切り目を入れる。
ふと顔を上げれば、先輩は相変わらずの笑顔で俺の行動を見守っている。
彼自身も甘いものがあまり好きでないのか、それとも嫌がらせのつもりなのか――一皿だけ取ってきたカルボナーラを食べていた。ここの店は一応デザートバイキング専門だが、僅かながらパスタやサラダといった料理も用意されているのだ。先輩の意向故、俺は取らせてもらえなかったけれど。
諦めの悪い俺はこの最悪の状況を前に足踏みしていた。
無論、時間をかけても無駄なことは分かっている。
いずれ俺はここにあるケーキを完食する運命にあり、それができなければ2時間の拷問が待っている。バイブを尻に突き刺され、局部を縛られたまま放置プレイ。
流石にそれだけは避けたい。
――どうか、どうかもってくれ俺の舌と胃袋。
切々と祈りながらケーキを口に放り込んだ直後、俺は微笑む先輩の向こうに“堕天使”を見た。

「――っ、ぶふぁッ!」

折原臨也。
新宿の情報屋が何故か先輩を挟んだ向こう側のボックス席に鎮座している。

「あれ、どうかしたの青葉くん?あ、もしかして食べれないとか言うんじゃ…?」

「あ!いえ、そんなことないれすっ!」

帝人先輩が不思議そうに尋ねるのに対し、慌ててぶんぶんと首を振る。
しかし――
俺はショートケーキの二切れ目を口内に押し込みながら再度座席の奥をチラ見する。
折原の野郎はどうやらこちらの存在に気付いたらしく、狐を思わせる底意地の悪い笑みを浮かべていた。

(助 け て く れ!)

俺は咄嗟に声に出さずにそう言った。
折原はいけ好かない野郎だが、帝人先輩はこいつの言うことなら何でも聞く。先輩の暴走を制御できるとしたらそれは折原以外にありえない。だから何とかしてくれ。
しかし折原は何故か突然怯えたように口を噤み、こちらに背を向けて座っている誰かと小声で話し始めた。
――うおい!ちょ、なんで無視しやがんだよ!?
しかし俺は諦めない。何とかしてこの危機を伝えようと、先輩が窓の外の景色を見ている隙に自分の首にフォークを差すフリをしてみる。

(今にも死にそうなんです、助けてください!)

すると今度は折原の顔が真っ青になった。わざとらしく(?)ぶるぶる震え出し、金髪の連れと泣き声らしきもので会話している――。いや、何でそうなるんだ。

「あーッ、イラつく!さっきから何なんだよ一体!」

俺はいつの間にか声を荒げてガタンと席を立ち上がっていた。
――どうしてこちらの意図を汲み取ってくれないんだ。俺の状況を完全に見透かした上で喧嘩を売ってるっていうのか?
そこまで考えて、ふと“ある事”に気付いた。

日頃穏やかな帝人先輩が、酷くギラついた眼差しをこちらに送ってきていることに。

「どうかしたのかな、青葉君?」

暗にどうかしていてはいけないという口ぶりに、どこからかどっと嫌な汗が噴き出す。

「あ、いや!何でもないですよ、なんか空耳が…はははははは!」

俺は慌てて腰を下ろし、絶望のどん底に叩き落とされながら折原を見つめた。
これは多分気のせいなのだろうが――何故だろう、奴の方もものすごく絶望しているように見えるぞ。





20100718


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -