糖度45%
「シーズちゃん、ケーキバイキング行こうよ!」
「あ?」
俺は唐突なノミ蟲の提案に眉をひそめ、微妙な心境を隠すことなく振り返った。
――いや、ケーキは好きだ。確かに。それに最近は甘いものなんざあんま食ってねえし、久々に馬鹿食いしたい気もする。
「しかし、男二人でケーキってのがなあ…」
「えー!そんなこと気にするなんてシズちゃんらしくなーい!愛のパワーがあればそれくらいへっちゃらでしょ」
「…愛のパワー、だと?」
途端、こめかみにピシっと青筋が出現する。
「へ?」
悪い事を言った自覚がないらしい臨也はポカンと口を開いた。
「あー気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!こんな気分にさせるのはてめえだけだあああ!」
「え、それは愛なんじゃ…てぎゃあああッ!いはいいはいシズちゃんギブう!骨!骨折れるってアイダダダダ!」
***
「やった!このお店最近できたばっかで評判だったから一回来てみたかったんだよね!」
そして結局来てしまった。…なぜだ。なぜこうなった。
「俺以外に誘う奴いなかったのか?」
座席に案内されるのを待ちながらハイテンションでまくし立てる臨也を見やり、俺は呆れたように返す。けど実際は誘ってもらえたことが結構嬉しかったりもする。調子に乗りやすい奴だから教えてはやらないがな。
「お待たせ致しました。お席にご案内いたします」
ウエイターがやってくると、臨也はまるでガキみたいにニコニコしながらその後についていく。
しかしあるものを見つけた途端、「ゔ」と蛙の潰れたような声を出して固まった。
「ん?どうした、ノミ蟲」
「あそこ…」
臨也が指したその先――窓際のボックス席に二人の少年が座っていた。
竜ヶ峰帝人と黒沼青葉。二人の童顔少年はケーキをもっさりと盛った皿を机一杯に並べ、仲良くお食事しているではないか。
「スゴいねえあの子達…」
「ああ。俺たち以外にも似たようなことする奴がいるんだな」
俺はどことなく厭らしい笑みを刻んだ臨也の肩をぽんぽんと叩きながら、数メートル先にいるウエイターを顎でしゃくった。
しかし――何ということだろう、当のウエイターは例の少年達の真後ろに位置するボックス席でピタリと足を止めていたではないか。
「…こちらへどうぞ」
「え?俺たちの席ココなの?」
途端さあっと青ざめる臨也に、彼は首を傾げつつ答えた。
「申し訳あしませんが、現在他のお席は一杯でして」
「…うう」
ここまで来てやっぱり帰るなどとは言えず、臨也は真っ青な顔のまま席についた。俺はまあまあと優しくなだめる。
「気にすんなって。単にケーキ食いにきただけじゃねーか」
「いや…だってシズちゃん、青葉がこっち向いて座ってるんだよ。怖くてケーキなんか取りにいけないよ…!」
「ん?…ああ、」
言われてみれば成程、色とりどりのケーキが乗ったプレートは帝人たちの向こう側にあり、彼らの席の前を通らなければ取りに行けない構造になっている。
臨也によるとそれがこの上なく恥ずかしいらしい。
「しかも何かこっちにガン飛ばしてくるしさあ、絶対気付いてるよアイツ!」
「ビビリすぎだろ。てめえ、恥らいくれぇ愛のパワーとやらで乗り切っちまえよ?」
俺が小声で返すと、臨也はぶるぶるっと犬みたいに首を振った。
「駄目、無理だよ絶対!だってアイツ、俺がシズちゃんの恋人だって知ったらそれをエサに脅しかけてきそうだもん…!」
「いやいや、一緒にケーキ食ってるだけなら友達止まりにしか見えねえ。それに向こうも…」
何故かノミ蟲は突然ぎょっと目を見開いた。
「え!?俺たち友達止まりなの!?」
「あ?」
「うわ…それじゃ、昨日ベッドで愛してるって言ってくれたのもしかして嘘だったんじゃ」
「は?物のたとえだろ、たとえ。面倒くせえな…」
「ッ!?わああああシズちゃんッ!」
しかし奴は既に俺のフォローの言葉など聞いちゃいなかった。演技なのか何かは知らないが、可愛コぶった小娘みたいに唇に指を引っ掛けてガクガクと震えている。
「今、青葉の目からビーム出た!スゴいビーム出たよ多分!うわ、もう無理死ぬっ、シズちゃんお願い俺の分のケーキも取ってき…」
「断る」
「そんなああああ…!」
――俺様がそんなに優しいと思うなよ?
明らかにショックを受けているらしい臨也の様子をサングラスごしに眺めながら、これはまだまだ愉しめそうだなと考えた。
20100620
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