していい事と悪い事がある
「いーざーやーくうううん!」
ゴンゴンと激しくドアをノックするけれども反応はない。
いや、しかし奴がそこに居ることは分かってるんだ。なぜかって?それは恐らく奴が持っているであろうアレに発信機がつけてあるからだ。
――盗まれた俺のパンツに。
「そこにいるんだろ?ええ?」
「え、なんで分かったのさ?」
一拍置いて奴のくぐもった声が聞こえた。破損が心配だったのか、ドアの向こうまでやってきているらしい。
「お前が手に持ってるもの見ればわかる!」
「えー。俺何も持ってな――」
「嘘つけ!!」
血管が――もう限界だ。俺はリミッターを外しドアに手をかけると勢いよく破り取った。そして、そこで目にしたものは、
「ね?」
「……」
「ね、持ってなかったでしょ」
「…もっと酷いじゃねえかてめえ」
ピシ、ピシとこめかみに筋が浮かんでくるのが分かる。
何で俺がこんな目にあわねばならないんだ?俺はいつだって平和を望んでいるというのに。
なんだって自分のパンツが日本一嫌いなこの折原臨也に咥えられているのを直視せねばならない?
「うまひよー、シズちゃんの」
はむはむはむ…って貴様はヤギか!と思ってからふと重大な誤りに気付く。訂正、ヤギはパンツは食べない。ということはやはりヤギの方が臨也より賢いわけか。
「ってそんなことはどうでもいいんだ!今すぐそれを吐き出せ!!」
「嫌だよ、だって美味いもん。いいダシ出てるわあ」
「うわあああ頼むから死んでくれよこの変態ノミ蟲があああ!!」
「何でそんなに怒ってんの?ばっかじゃない?」
「怒ってるんじゃない引いてるんだ!!第一パンツは食べ物じゃない!」
「いや食べ物だよ」
真顔の臨也は、それがさも正しいことのように言う。
「食べ物じゃない断じて!」
「いや食べ物だって」
「えっ」
――うん?
鋭い真っ直ぐな目で見つめられ、俺はつい動きを止めて考える。えーっと…パンツって食べ物だっけか?いやいやいやそんなことはないはずだ。けれど無知な子供を馬鹿にする大人のような眼差しを向けられると、あれ?と思い始めてしまうわけで。
「食べ物……食べ物?」
「あ、そうだシズちゃん。これ」
「は?」
見れば臨也の野郎、さっきまで口に含んでいたパンツを差し出しながら、怪しげな薄ら笑いを浮かべている。なんだなんだ、また気持ち悪いことを考えているのかこいつは。そりゃあこれは元々俺のパンツだが、今更どうしろと言うんだ。返すなんて言うなよ、どうせもう穿けないんだから。
「シズちゃんさあ、これに射精してくれない」
「は?――なんで」
野暮なことと分かっていながらも尋ねる。
「してくれたら、もっと美味くなると思うんだよねえ俺は」
「……うぐっ」
うわー、やっば超気持ち悪い。
俺は唐突にもよおした吐き気と格闘しながら、無言のままトイレへと駆け込んだ。
もうこんな非日常には耐えられない。耐えたくもない。
20100519
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