平和島静雄の急進化.3



「え、ちょっとシズちゃ」

臨也が戸惑ったように慌てた声を出したが、最早彼が相手にされていないのは傍目にも明らかだった。

「あ、そうだトムさん。今週末ヴァローナを東京見物に連れて行く予定なんスけど、どっかいいとこありますかね?」

「へ…へえ、デートか?」

臨也のほうを盗み見ながら、静雄も案外容赦ないなあと思いつつトムは相槌を打った。

「否定します。先日パンフレットを入手しましたが、未だ行き先不明瞭です」

「お?どれどれ…」

「俺は秋葉なんかが日本らしくていいんじゃないかと思うんスけど」

静雄がヴァローナに寄り添うように観光雑誌を覗き込みながら呟いたあたりで、もう完全に内輪三人だけの世界が構築されてしまった。

「……。……何なんだよ、一体……シズちゃんのくせに」

売った喧嘩を尽く蹴られ、邪魔者のレッテルを貼られた臨也は痛く傷ついた様子で席を立った。臨也を子供の頃から知る家族などが見たら、これが癇癪を起こす寸前の表情であると判っただろう。
実際のところ、彼はかつてないほどに追い詰められていた。

「ん?イザヤー?」

伝票片手に店内を走り回っていたサイモンが椅子を引いた音に気付き、声をかける。

「…ごめん、帰るよサイモン。ちょっと…用事を思い出しちゃった。――あ、これお茶代ね…」

臨也はいつになく沈んだ声でそう言うと紙幣をテーブルに置き、黒いコートを羽織ってとぼとぼと出口の方へ歩いていった。
そのときになって初めて静雄はちらりと視線をボックス席の外に向け、何に気付いたのか僅かに顔を歪めた。

「どうしたんだ、静雄?」

不思議に感じたトムが尋ねると、静雄はそわそわと落ちつかなげに小声で囁いた。

「…どうしよう、俺」

「えっ?」

「あいつ、もしかしたら泣いてたかも……俺、やっぱ…やりすぎでしょうか…」

トムはホッと息を吐いた。

「いや、いつも迷惑かけられてるしお互い様だろ。たまにはお前が一枚上手ってのもいいかと」

「け、けど…。――すいません!やっぱ俺、見に行ってきます…!」

静雄は珍しく慌てた様子でトムたちに言い残し、臨也の後を追うように店を飛び出して行った。

「あ…れ?これお勘定はどうなっちゃうのかな…」

「ハーイ!ウニお待ちどうねー!」

「トムさん、顔面青いです。インフルエンザ、肯定ですか」

「…………」

その後静雄たちがどうなったのか、彼らは知らない。
しかし次の日出勤してきた静雄からは嗅ぎなれない香水の臭いが漂っていたため、確実に何かがあったことには違いなかった。
あまり想像したくはない何かが。





20110115
とばっちりなトムさん


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