ずっと、敵わないまま



※死ねた



「シズ、ちゃん……?」

自分の唇から盛れた声は小さく、そして醜く掠れていた。俺はそのことが不思議で不思議でたまらない。滅多なことで動揺しない自分が無様に慌てふためいている。
認めたくはない。それなのに今目の前にひっそりと横たわる光景は、この胸を無性にかき乱した。

(どう、して…)

俺はごくりと息を飲みながら身を屈め、白いベッドに縫い付けられた長年来の仇敵を見下ろした。
顔中煤にまみれたシズちゃんは身体のあちこちからチューブを生やしたまま、ピクリとも動かない。当然ながら、俺のノミ蟲臭とやらに反応して殴りかかって来ようはずもない。
居合わせた救急隊員の話から、彼がつい先刻火災に遭ったことを知った。燃え盛る家の中に閉じ込められた子供の声に気付いて真っ先に助けに入ったのがシズちゃんだったと。それも全く面識のない子供のために、命なんか張って。
「そんな奴放っておけばよかったじゃない」と笑ったら、やはりシズちゃんは怒るのだろうか。ブチ切れて地獄の番人よろしく唸り声を上げながら、自販機を投げつけてくるのだろうか。
そうだ。シズちゃんはいつもその馬鹿力で人を困らせてばかりいて、幾度となく俺のことも本気で殺しかけた。
だけど俺は知っていた。あいつが怒るのにはいつもちゃんと理由があったのだということ。そしてそれは大抵の場合、間違った屁理屈からくるものじゃなかったってことも。化け物みたいに強いのに、言い分は大抵芯が通っていてしゃんとしている。そしてなにより自分に正直な男、それが平和島静雄だった。この俺にないものを、彼は沢山持っていた。
俺はそれが許せなかった。化け物のくせに人間ぶるシズちゃんを見ていると苛々して、ムシャクシャして、それからしまいには無性に虚しさがこみ上げた。
俺がどんなに裏の世界に首を突っ込んで凄いことをやっても、その存在に傷一つ付けられない。全くの自然体であるはずなのに、シズちゃんだけはいつも鮮明で揺るぎない。彼の前には偽りだらけの俺の存在などくすんで見え、俺はそれが悔しくてたまらなかった。
それなのに、彼はついぞ自分と俺を比べることがなかった。分かっている。シズちゃんがそういう奴だってこと。分かってはいるけれど、行き場を失って延々と醜い空回りを続ける俺の中のライバル心は、ただひたすら擦りきれていき、俺はそれを黙って見つめることしかできなかった。
どう思われていたにせよ、俺にとってはシズちゃんを追い越すことだけが全てだった。
「人でなし」とあざ笑い軽々しく睥睨しておきながら、実際はそのずっと後ろを歩いていた。君が人外の力と人の心を持つ以上、俺にはなすすべもなかった。自分のいるところまで引き摺り下ろすことぐらいしか、同じ場所に立つ方法なんて思いつかなかった。

「…シズちゃん、目を…目を開けてよ……ねえ…お願いだから、目を、開けて…」

君が俺の前からいなくなってしまったら、俺は一体何を目印に歩いていけばいいんだい。いつもいつもいつも君は俺の目標であり、越えるべき壁だった。けれど決して越えられない壁だったんだ。
――ああそうとも、君は知らなかっただろう。
だけど俺には多分君しか見えていなかった。高校で初めて出会ったときからずっと君だけを追いかけてきた。
シズちゃん。シズちゃん、シズちゃん。今すぐ俺の声に答えてよ。

「ねえ、ほら、俺はここにいるよ…?ムカつくでしょ?殴ってもいいんだよ。――ねえ」

どんなに激しく揺さぶっても、シズちゃんは何も答えてくれない。
徐々に冷たくなっていく彼の手を握り締めながら、俺はただ途方に暮れていた。




20101203


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