恋のカケヒキ
「いいざぁやあああああ!」
「げ、シズちゃんだ…ッ」
余計な喧嘩に巻き込まれるのは面倒なので、臨也はいつものように走りだす。
けれど平和島静雄は今日に限って標識を引っこ抜いたり自販機を投げつけてくるといった無駄な行動を取らず、ひたすらものすごい速さで追いかけてきた。並外れた筋力を全て脚に注ぎ込んだ静雄はただ速いなんてもんじゃなかった。これなら多分オリンピック選手より断然高記録を出せるだろう。
「い、ちょ、シズちゃ…」
「おおらぁ!つかまえたぁあああ」
静雄に首根っこを掴まれてしまい、臨也は足をジタバタ動かした。
「くそ!放せよ!…っ、シズちゃんのチンコなんか蹴ってやる!インポにでもなっちゃえ!」
――ひょい、
「おっと」
繰り出した渾身の蹴りをいとも簡単にかわされた臨也は、自らの足の短さを呪った。
「お前さ、竜ヶ峰と付き合ってんのか?」
「…は?」
突然大真面目な顔をして尋ねてきた静雄に対し、臨也は盛大に眉をひそめる。
「何でシズちゃんがそんなこと聞くのさ?」
「いや、ちょっとな…」
――あれ?シズちゃんって帝人くんに気があるんだ?
言葉を濁す仕草だけで凡その事情を推察し得た情報屋は、ニタリと狡賢い笑みを浮かべた。
「うーん?ま、付き合ってるけどぉ?」
「え!?それ、嘘だよな!?」
「いやいやいや、自分から訊いといて何?俺がそんな肝心なとこで嘘なんかつくわけないじゃん」
「は、だっててめえ嘘しか言わねえだろが」
「今のは嘘じゃないって。あはは、馬鹿だなあシズちゃんは」
「嘘だ!」
「――ふーん?じゃあさあ、電話つないであげるから帝人くんに直接訊いてみる?」
切れ長の赤い瞳が意地悪く細められた。
静雄が反論する余地さえ与えず、臨也はズボンのポケットから取り出した黒い携帯を手早く操作し始めた。最後に呼び出しボタンを押して静かに耳へと押し当てる。
「んー…、あれ?出ないな」
静雄がじっと見守る中、面倒くさそうに呟いて再度ボタンを押す。
が、そのまま暫く待っても相手が出る気配はない。
それからさらに数分が過ぎ、同じ動作を何度か繰り返してやっと繋がったらしい、臨也はぴくりと眉を動かしつつ自分から口を開いた。
「ねえねえ帝人くーん、今ちょっといいかな?」
静雄が宿敵のコートの肩に顔を寄せて耳を澄ませていると、はあ、と盛大なため息が聞こえた。
『臨也さんってホント間が悪いですね。しつこくかけてくるから一応は出ましたけど』
「へえ?」
『今雑誌の袋とじ開けてたんですよ。せっかく気持ちよくなってきたとこなのに…臨也さんの変態ボイスで台無しです』
「変態とは失礼だなー。え、じゃあ、キミって今さあ…」
『えっと、だから抜いてました。うっ…ベッドの角って結構気持ちいいですよね』
そこで彼は思い出したように付け加える。
『あ…当然ですけど、臨也さん今一人ですよね?もし誰かに聞かせてたりしたら…次会った時に問答無用でぶち込みますよ?』
――げ。
「あっはは、そ…んなわけないじゃないか!用心深いなあ帝人くんは!」
じゃあまたね、と聞く者が聞けば若干上ずった声で告げて電話を切った臨也は、横で息をひそめていた静雄をついと振り返る。池袋の喧嘩人形は、ブチ切れ気味の普段とは相反する不思議そうな表情を浮かべていた。
「ぶち込むって何の話だ」
「な、別に大したことじゃないよ!?ってかさぁ、あっれれー?シズちゃんってば、勃ってなーい?」
じいっと無遠慮に下を見遣ると、静雄はぎょっと飛びのく。
「てめ、ば、馬鹿言ってんじゃねえよ!俺は何も変な想像なんかしてねーぞ!?」
早くも先程の会話すら忘れて慌て始める馬鹿さ加減に、臨也は厭らしい半笑いを浮かべた。
「あは。シズちゃんって分かりやすーい」
「ののノミ蟲、…そーいうてめえだって勃起してんじゃねえか!」
「ッ、してないよ!俺は常時デカちんだからこれで普通なの。ってかシズちゃんこそ発情期なんじゃないの?」
「は?何言ってんだ、俺はお前と違って普通――おい、ちょっと貸してみろソレ!」
静雄はそう言いながら臨也の盛り上がった股間へぶすりと手を突っ込んだ。
「あっひ…!ちょっと、調子乗んないでくれる?俺だって、シズちゃんのエロちんこなんか簡単に自爆させられるんだからね…っと!」
負けるものかと静雄のズボンへ手を伸ばし、チャックをずり下ろして中のモノを取り出すとぐいと握りこんだ。
「くっ、あ…俺のは、てめえのクソチンとは格が違ぇんだよバカァ…!」
「はんッ…!舐めないで、よね!」
――シズちゃんが馬鹿で助かった。とりあえず俺が帝人くんに“飼われてる”事実は黙っておこう。
一見して挑発的な発言を繰り出しながら、臨也はそんな臆病な考えを心の奥底へと押しやった。
20100819
ものすごく鈍い臨也さん
←