平行線ではいられない



そう、自己都合変換機付きのダンボ耳センサーがうっかり拾ってしまったのだ。弟にご執心なこいつにとってはとんでもなく衝撃的な一言を。

『キ…キスしてもいいですか?』

『えっ!』

「えっ!」

「ちょ、ノミ蟲黙っ…」

付き合い始めてまだ日も浅い少女の口から出た積極的な言葉に、帝人少年はポッと顔を赤らめている。それこそ臨也には全くと言っていいほど見られない初心な仕草は、我が家で飼っている犬たちにも匹敵する可愛らしさだった。

『キスだなんて、あの…園原さんからそんなこと言ってくれるなんて、すごく…その、嬉しいな』

『だって私、竜ヶ峰くんのこと…大好きですから』

『園原さん…』

『あの、竜ヶ峰くん…じゃあ……』

『…うん』

少年少女は互いに見つめあい、どちらからともなく顔を寄せて愛の接吻をし――

「待ぁてええええ!この泥棒猫がああああ!!」

「!?!」

甘い空気を打ち破る突然の怒号。その凄まじさに俺は心臓が止まりそうなほどにびびってしまい、状況を飲み込むのに出遅れてしまった。
臨也が草むらからすっくと立ち上がり、パン食い競走で俺を破ったあの瞬間よりも猛スピードで駆けていく。猛り狂った怒声、その手に煌めくペーパーナイフ。こちらに気付いた帝人たちはぎょっとした表情で固まっている。

「ちょ、イザっ…!」

――殺傷。
最悪の事態を危惧した俺は咄嗟に臨也の後を追いかけ、ベルトごと掴んで葉っぱまみれの腰を辛うじて繋ぎとめた。

「こら落ち着け!早まるな!」

「な!放せよこのバカっ!」

「ちったあ頭冷やせ!流石のてめえでも人殺しは不味い!」

「そんなの、だって!――アッ!」

「うおっと!」

臨也が腕の中で激しく抵抗したために、べりっ、と音を立ててズボンが裂けた。そうだ忘れてた。俺、校区一の怪力だったんだ。
しかも決まりが悪いことに、その下は目に痛い真っ赤なトランクス。

「もう!何てことするのさ、このバカシズ!」

臨也は顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきたが、見ているこっちだって恥ずかしいのを分かって欲しい。

「や、ごめん俺…」

「ひっ――いああぁぁあああ!!」

俺が謝罪とともにポリポリと頭を掻いたそのとき、甲高い絶叫が空を切り裂いた。
聞くに堪えないその悲鳴には苦痛が滲んでいたが、それは意外にも、この場にいた唯一の女子である園原のものではない。

「あ、帝人、これはそのっ…」

「そんな格好で僕をつけてくるなんて!兄さんなんか、大っ嫌い!」

臨也の最愛の弟は涙声でそれだけを言い残し、隣でオロオロと困惑する少女の手を引いて一目散に逃げ出した。本気で気持ち悪いと思っている感じだ。
俺はただ呆気にとられて修羅場的な一部始終を眺め、臨也はその隣でわっと泣き伏した。
俺にはこういうドロドロしたブラコンの心理はよく分からないけれど、多分、こいつの愛は本物だったんだなってことだけが何となく分かった。ブラコンの中のブラコン。可哀想だからちっとは慰めてやることにする。

「まあ…気にすんなって、臨也。これで弟離れできるといいな」

「……か」

「ん?」

「このこのっ、シズちゃんの馬鹿あああ!!」

その日俺は全治2週間の大怪我を負い、ブラコンの獰猛性を思い知った。




20101013
企画『ふたり』様へ

平行線どころか離れていくのは何故。


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