曖昧な声と泳いだ目と掴んだ手と



「痛い、ア、ぁ、やだ――ッ」

歯を食い縛り、白いシーツをぎゅうと握り締めても、到底気を紛らすことなんてできやしない。
ああ、どうして。この不安はどうすればいいの?
帝人くんの手の動きから予想できるのは、揺ぎ無い一つの結末。
普段の性交渉では素股や指だけの刺激がせいぜいで、それ以上大きな物の挿入は行ったことがないというのに。
――俺は、受け入れさせられるのだろうか。

「お、お願い、やめて…やめてよ、どうしてこんな…――イっ!」

「…じっとしてちゃ駄目だってやっと分かったんですよ」

帝人くんは腹の上からチラリとこちらを見遣っただけで、指をさらに増やしながら抽挿を繰り返す。
だけど俺の目は見ない。見たくもないと言わんばかりに彼は憤っていた。

「ほら…こうやってちゃんと分からせてあげないと、臨也さん、他の人のものになっちゃうでしょ?」

だって尻軽だから、と無邪気に目を細めて笑う。

「みかど、くん……?」

俺は呆気に取られて少年の顔を見つめた。
――尻軽。
しかも男に対して容易く脚を開くなどと、そんな風に思われていたことがショックで、屈辱的で、ただ無言のままふるふると首を振る。

「待って、違う…。今日シズちゃんに会ったのだって、偶然、なんだよ――?」

――俺はキミの恋人失格?駄目な男なの?
――そんなこと、ないよね?

「くだらない冗談は――聞きたくないですね」

「っ――ぐああぁあ!」

両手を足して4本に増やされた帝人くん指が孔を左右に引っ張り始め、俺は行き過ぎた痛みに絶叫した。痛い痛いと叫びながら布団を引っかいてもそれは止まず、ぐずぐずのシーツだけが嫌な音を立てて無残に破れ――。

「あああぁぁあ裂ける裂ける!やめてお願い、やめてぇ!」

耐えがたい苦痛から逃れたい一心で足をバタつかせ、気付けばそれで帝人くんの顔を蹴り飛ばしていて。

「――ッ」

彼は一瞬行為を止めて自らの鼻を押さえ、怒りの篭った目で俺を睨む。手を離せば、だらだらと鼻血が垂れて彼の下あごから滴っていた。それでも彼はそれ自体が些事だとでも思っているのか、出血を止めることすらせずにもがく俺の両足を強く押さえつける。再び両手の指が後孔を割り開かんと蠢き、まだ狭い内壁を押し広げようと試みた。

「あ…!あ、ひゃぁあ…あっ、らめぇぇ!」

ぎちぎちと悲鳴を上げる入り口に、俺の恐怖は蓄積する。
しかし、もがけばもがくほど帝人くんの俺に対する仕打ちは理性を失くし、容赦のないものに変わっていく。アナルは少しずつ拡げられつつあったが、それでも彼の醒めた表情に満足の色は見られず、俺は彼の指を後ろで何本も咥えこんだまま情けなく震えていた。
――どこまで拡げる気なの?いつになれば終わるんだろう?
ズキズキと身体を苛む痛みと必死に格闘しながら、ひたすらに答えの見えない問いばかりを頭の中で反芻する。
――どうして帝人くんは…
――いや、それよりも帝人くんは一体何を…
ブチ、と聞く者をぞっとさせる破壊音が響き、俺は急激に無残な現実へと引き戻される。

「あぁあぁああ!痛いッいだァ、アァ!」

身体を真っ二つに引き裂くような激痛に、まるで自分のものとは思えない悲鳴を上げながらのた打ち回る。

「ふふ――腕、入っちゃいましたね…?」

「!?」

ハッと瞼を上げれば、滲む視界に映った帝人くんの腕は鮮血に染まっていた。
すっぽりと孔の奥に消えた片腕の先が、中で開いたり閉じたりしているのが分かる。なんせ、こちらが悶絶しそうなほどの痛みを伴っているのだから。

「あ……ァ…、」

ただ訴えたくて口を動かしたけれど、まともな言葉が出てこない。

「…どうしました、臨也さん?」

尋ねてくる帝人くんの声がやけに遠い。ああ、うん、そうか。俺――。

「…ひっ……かど、く……ぁ…」

「臨也さん……?」

声に少し焦りが混じったような。
目を細めて顔を確かめようとしたけど分からない。よく見えない。まるで嘘みたいに視界が翳り行く中、俺は死の誘いにも似た新たな恐怖を背負いながら、手を伸ばして名前を呼ぶ。ねえ帝人くん、帝人くん帝人くん。

(…今きみは、どこにいるの?)

あてもなく彷徨う指先はやがて心地よい温度に触れる。
それが握り返してくれた彼の手なのだと理解した直後、俺の意識はふっと途切れた。





――あのね。もしまだチャンスがあるなら、もっと君に信用してもらえる人間になりたいなあ。





20100907
企画『シリウスの消えた夜』様へ提出


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