受話器の向こう



プルルルルr…

――真夜中。
ベッド脇で光る携帯に目をやれば、知らない番号からの着信だった。こんな時間に誰だ?俺は若干眉間に青筋を浮かべながらのそのそと布団から這い出し、通話ボタンを押した。

「――もしもし?」

「あぁっ、シズちゃん!俺!俺だよ俺!」

名前など聞かずともわかる、珍しく慌てた様子の臨也の声。
いや、しかし奴のことだから絶対わざとだ。こちらの迷惑を分かっていながらおちょくっているのだろう。

「――ああ。うち振込みとかそういうのもういいんで」

「なっ!違うっ俺だよォォシズちゃああん!」

「うるさい黙れノミ蟲」

「ああ!」

臨也はどうやら感動の声のようなものを上げたらしかった。気持ち悪い。第一俺たちは夜中に何の気兼ねなく通話し合うような仲じゃない。そう思うとつい手に力が入ってしまい、携帯がピシリと軋む。

「シズちゃんがおきててくれてよかった…!」

「何言ってんだ今起きたんだよぉぉお!てかどっからかけてんだてめえっ!」

「あ、えと、池袋の知り合いの家電からなんだけどさっ」

そう話す臨也は何故かヒソヒソ声だ。――なんだ、また何かまずいことと関わっているのか?

「知り合い?」

「実は俺監禁されてるんだ…!だから今すぐ助けにきてよ!」

監禁換金カンキンKANKIN…なんだって?

「は?」

『――臨也さん?』

俺が事情を問いただそうとしたちょうどその時、通話口の向こうから第三者の声が割り込んできた。続いて、ひいと怯えたような声。――臨也か?なあ今のマジで臨也の声なのか?

『誰が助けを呼んで良いっていいましたっけ』

「いや、こここれはその…!」

焦りすぎて声が震えている。相手は声のトーンからして若い男のようだが…奴は一体誰と話しているのだろう。
ドタンと大きな音がした。多分受話器が床に落ちたんだろう。しかし何故か通話が切られるということもなく、連続して周りの音を拾い続ける。

『あ、そうだ。いいつけを守れない臨也さんにはおしおきが必要ですね』

お し お き、だと?

「ひいっ!?」

『ほらね。ちょうどいいところにボールペンもありますし』

「う――ち、ちょっと待って!お願いだからあ!」

『何言ってるんですか?臨也さんが悪いんですよ?』

「ひっ、嫌っ!やめてくれえええ!」

それきり会話が途絶えた。向こうでは何やら激しくもみ合っているようだ。物のぶつかる音やゴソゴソという衣擦れの音がしばらく続いたかと思えば、今度は泣き声らしきものが聞こえてきた。

「ひゃあああああっ!あっああっ」

『そんなところからそんなもの生やして…臨也さんてば恥ずかしい人ですね』

そんなところってなんだ。そんなものってなんだ。疑問ばかりが次々と浮かんで頭を渦巻くがしかし、俺にはそれを知るすべがない。

『ふふ…最高に滑稽ですよ』

「やめてぇええ!いだっ、そんなとこっもう入らなっ…!」

『美味しそうに飲み込んでます』

「臨也…?」

俺はただ驚愕するしかなかった。あの、他人を利用することしか考えない臨也が泣いて許しをこうなど、異様以外の何者でもない。どんな顔をしてるのかすら想像がつかない。けれどそんな理性に反するように、身体は新たな非日常にぞくぞくと粟立っていた。
臨也にこんな態度をとらせている人物とは一体…

『もしもし?』

「!」

『あなた、静雄さんでしょう?』

臨也ではない、若干青臭い少年の声はどうやら俺を知っているようだった。彼は特に前置きもなく、通話を切りましょうか?とだけ聞いた。俺は一瞬首をかしげたが、

「いや」

そう答えた。
臨也を助けに行く気など最初からさらさらなかったが、この状況を最後まで聞き届けないというのもなんだか惜しいように思えたのだ。





20100519


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