オリコレ
――ピーンポーン。
軽快なインターホンの音が鳴らされたここは、新宿の高級マンション最上階。情報屋であり悪の元凶、折原臨也の事務所である。このような場所に用があるのは社会的立場の危うい者か、物好きな池袋の喧嘩人形くらいだろう。
けれど、たった今インターホンを覗き込む少年は育ちも良さそうで純朴そのものといった雰囲気をしており、そういった不逞の輩とはかけ離れていた。
――しかし人は見た目によらない。
実際、パッと見無害そうなこの少年でさえ、「んーまあ?臨也さんごときの分際で休日にわざわざ僕を呼びつけたぐらいだから当然お茶とお菓子でも用意しているよなぁ?」と身勝手な考えを持っていたほどだ。
「はい」
チャイムを押してまもなく、落ち着いた女性の声がした。秘書の波江さんだ。
「あの…僕です、竜ヶ峰です」
「ああ、今開けるわね――ってちょっと待ちなさい臨也!」
――…え?何だろ今の。
何故か扉の向こうからドタドタいう物音が聞こえる。
もしかして何かあったんだろうかと首を傾げ始めたころ、唐突にガチャリと鍵が開いて、中から当人の臨也さんが顔を…出し……
「はぁ…はぁ…いらっしゃーい」
「え!?ちょ――、何ですかその、か、か…!」
裸の腰にタオル一枚というターザン姿で現れた男を指し、僕は一瞬言葉を失くしてパクパクと虚しく口を開閉させた。
「ん、何?どうかした?」
どうやら入浴直後だったらしい臨也さんは、まだ瑞々しい髪から水滴を滴らせながら不思議そうに瞬き、
「あはっ、もしかして何か変な想像でもしちゃったー?」
「そ、んなことは無いですけど、もうちょっと身をわきまえてくださいよ…!誰かが見たらどうするんですか?」
「大丈夫だよー。心配しなくても俺の裸は帝人くん専用だからさあ」
「気分が悪くなったら可哀想です」
「え、帝人くんひど…!」
「さあさあ、さっさと中に入ってください!」
若干ショックを受けたらしい臨也さんであったが、僕が肩を掴んで強く揺さぶると、口を尖らせながらもしぶしぶ戸口の奥に身体を引っ込めた。
「もうこんなことやめてくださいよ?」
「うふふ帝人くん。俺って色っぽい?超セクスィー?」
「…はいはい、分かりましたから服着てきてください。僕リビングで待ってますから」
「えぇー、このままヤらないのー?」
「いやいや、まだ真昼間ですよ!?」
僕は「何馬鹿なこと言ってるんですか」と深いため息をつきながら、臨也さんを引っ張って彼の部屋の前に連れて行く。ドアを開け、身体ごと中へ放り込んで閉じ込めると、扉ごしにブーブー文句を言う声が聞こえた。
「バーカバーカ。帝人くんの鬼畜ーインポー」
「僕は外で待ってるので着替えてきてくださいね」
「えー!」
「…じゃないとチューしてあげませんよ?」
さらっと口にした途端、途端部屋の中からガサゴソと物音がし始めた。
――全く、分かりやすい人だ。
部屋の前で待つこと1分、バタンと扉が開いた。
「着替えたよ、ほら!」
「は!?な、――何ですかその格好!」
「え?何って、マイルのお古のセーラー服可愛いで…」
「はいやり直し!」
僕は引きつった笑顔のまま即答し、問答無用で扉を閉める。
向こう側からガツンと頭を打ったような音がしたけど気にしなくていいよね。むしろ脳みそがまっさらな臨也さんになってくれればいい。多分その方がマシ。
しかしそんな僕のささやかな願望が実現することはなかった。
「はーい、おっ待たせー!」
――むっちりブルマ、女子用体操服姿の臨也さん。
「ナイナイナイ!やり直し!」
「じゃあこれは?」
――海パン一丁。
「やる気あるんですか!?はいやり直し!」
「…ねえ、これでも駄目ぇ?」
「だー!!何っでそうなるんですか!?まともにやってください!」
厚かましくもベビードールを着て現れた臨也さんに絶句してドアを蹴り飛ばした直後、リビングの戸が開いてスタスタと足音が近づいてきた。
振り返れば廊下の真ん中に秘書の波江さんが立っている。
「どうかしたの?」
「あ…いや、それが…」
僕が小声で事情を説明すると、彼女はふうんと興味うすな頷きを返し――しかしその後に一言付け加えた。
「いいこと教えてあげよっか」
「何ですか?」
「あいつ多分、次は何も着てないわよ」
「――は?」
「おっ待たせー帝人くん!」
「んな!?」
波江さんの予想はそっくりそのまま当たっていて、なんと臨也さんは全裸で飛び出してくるなり僕に抱きつこうとした。
――ああ、そうとも。
勿論僕がそんな暴挙を許すはずがない。
「ウザい」
「きゃんッ!」
ドサリ、と質感を感じさせる音が響く。
僕は泡を噴いて失神した臨也さんから視線を上げ、隣に立つ人影に笑いかけた。
「やっぱり、躾けはちゃんとしないといけませんよね」
「ええ、そう思うわ」
波江さんは深く頷き、今コーヒーを淹れるわねと告げてキッチンに入っていった。
20100902
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