キモダメシ



「うっ…うっ……なんで俺がこんなこと…」

「心配しなくても、深夜ですし大丈夫ですよ。堂々としてれば犬っぽく見えますって」

「どこが!?」

絶句して言葉を返す俺は、四つんばいで全裸。
一方の帝人くんはジャージに身を包み、俺の首につないだリードの先を持ってまるで飼い主気取り。但しやってることはただの変態だ。
いくら今が深夜二時とは言え、当然池袋の郊外に人通りが全く無いわけはなく、俺はちょっとした物音が聞こえるたびにびくびくして彼の影に隠れようとした。
けれど首輪が嵌められているから自由に身動きが取れず、この体格では当然逃げ出すのも容易ではない。――さらに、

「っ!――ひあぁあッ…!」

「あは、臨也さんてば見られて感じてるんですか?エッチだなあ」

イイ位置に当たるよう固定されたバイブの電源を予告なしに入れたり切ったりする飼い主はまるで悪魔だ。
――ああ、駄目。こんなとこを誰かに見られたら。
そわそわと落ち着かない恐怖と、背徳感によって助長される奇妙な興奮により股間は既に大変なことになっていた。

「あぁ、そうだ。…臨也さん、トイレ行きたくなりませんか?」

唐突にプチッと尻尾の電源を落としながら帝人くんが言った。

「え…?」

「したいですよね、おしっこ」

「えっと、別にどっちでもいいけど…公衆トイレなら次の角を曲がった公園にあったと思う…けど…」

チラリと頭上を仰ぎ、帝人くんを捉えた俺の体温はしかし一瞬にして下がった。
言えない。「君の顔が怖いよ」なんて言えない。
尻すぼみに消えた俺の言葉に追い討ちをかけるように、含みのある口調で彼は続ける。

「まあそうですけど、犬はトイレでおしっこしたりしませんよね?」

「な…帝人くん!」

俺はぎょっと目を瞠り、不気味に微笑む飼い主を見上げた。

「うーん?ここでしたくないなら、もっと駅前の方まで足を伸ばしてもいいですけど」

「え、やだ、無理!無理だってそんなの…!」

「じゃあ、そこの自販機の前でしてみましょうか」

「えっ…!あんな明るいとこで!?」

俺は咄嗟に尻込みして後ずさりそうになったが、帝人くんは一層容赦なくぐいぐいとリードを引っ張ってきた。首が痛い、というか千切れそうだ。だけど誰かに見られたらどうしようと恐ればかりが募って、足が動かない。

「帝人くん、お願いだ…俺、あんなとこでできないよ…」

「じゃあこのまま60階通りの方に行っても――?」

「――う。それも、やだぁ…」

「じゃあやるしかないですね」とスニーカーのつま先で尻を蹴飛ばされ、俺はよろけて前につんのめった。自販機は僅か数歩先にある。煌々と道路を照らす明かりが俺達の姿を浮き彫りにし、俺は青白い蛍光灯の眩しさに目を細めた。

「ほら、行きますよ臨也さん」

俺はそのときふと顔を上げ――帝人くんの脚の間から見えたものに、心拍数が跳ね上がった。
――百メートル程先に人影。
それも複数のサラリーマンがふらふらとこちらに向かって歩いてくる。

「うわ…まずいな」

帝人くんもすぐに気が付いたらしく、急いでリードを張らせて自販機の隙間に俺を引っ張り込んだ。
俺は恐怖に腰が抜けてしまい、ただ荒っぽい彼の手に引きずられるまま。
半べそをかきながら息を潜める中、例の人影はのろのろとこちらに近づいてくる。

「お?自販機はっけーん」
「あーなんか喉渇いたなぁ。…おい田原、ちょっと何か買ってきてくれよ」
「もう部長ったら俺より金持ちのくせに…ってカバンは?」
「どっかいった」
「はぁ…?」
「いや、部長のなら僕が持ってますよ」
「せんぱぁい、俺コーヒーがいいっす!無糖でよろしくぅ!」
「山下、お前は便乗しなくていい」
「あ、いけない。小銭落としちゃいました」
「あははは!何やってるんすかドジだなあ!」
「何だとハゲ!」
「おいお前ら静かにしろ。こんな時間に近所迷惑だぞ」
「おーらよっと…」

彼らの中の一人、若い男が小銭を拾おうと身を屈めたとき、一瞬こちらをに目を留めた気がした。
――ああ駄目、怖い怖い怖い。何も言わないで。気付かないで。お願いだから俺のこと、見ないで。やめて。お願い。
頭の中でただひたすらに念じる続ける。
恥辱と恐怖に縮み上がる心臓。項にかかる帝人くんの吐息さえ、俺を安心なんかさせてはくれなくて。
息を潜め、唾さえ嚥下するのを躊躇われるその時間はまるで、永遠にも感じられるほどに長く感じられた。
誰も気付かないで。
来ないで、俺を見つけないで。
お願いだから、誰も――





彼らがのんびりと過ぎ去って、少し経った頃だろうか。
時間感覚を失った俺の背後で帝人くんはもぞりと一つ身体を揺らし、肩にポンと手を置いた。びくん、と傍から見れば滑稽なほどに身体が跳ねる。

「もう、大丈夫だと思いますよ……臨也さん?」

「帝人、くん……あの、ね…」

俺は涙に潤んだ目で彼を見上げた。
何事かとばかりに首をかしげた帝人くんが俺を歩かせようと足踏みすれば、靴の下でぴちゃりと水音が響く。それが俺の股間から染み出したものだと気付くのに、そう時間はかからない。

「あの…臨也さん、もしかして」

帝人くんが驚きに見開いた目を向けてきたが、俺は何も答えられなかった。





20100825


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