泣き顔を見たいがために君を許した僕の鬼畜
キスの最中、ガリと相手の舌を噛んでしまった。
「っ、…帝人くん」
「すみません」
痛みに顔をしかめた臨也さんに対し咄嗟に頭を下げたものの、口をついて出た謝罪の言葉は我ながらどこか虚ろな響きをしていた。
「帝人くん?」
「あ…いえ、ちょっと考え事を」
態度に出すつもりなんてなかったのに。
日頃どんなに気にしないよう努めていても、逃れようがなかったのだと気付かされる。
「…僕は、何番くらいですか」
衝動的に発した問いに、臨也さんは驚いた顔をする。
「どうしたの急に?」
「僕の他に何人もいるんでしょう?…静雄さん、矢霧さん、四木さん、正臣…それから――」
指を折って名前を列挙し始めた僕を、呆気にとられた目で見る臨也さんは今何を考えているのだろう。
沢山沢山、それは濁流のように口先から滑り出した。
臨也さんの恋人。躯を交えた相手。ダラーズの情報網を活用すれば、それらを炙りだすのはさほど難しいことではない。
常に刺激を求めて活発に動き回る臨也さんが僕だけで満足なんてしていないのは、ずっと前から知っていた。
「貴方にとって、僕はどれくらいの価値があるんでしょうか…」
「ああ…知ってたんだね。でもね、俺はキミが一番――、」
「気休めはやめてください。別に僕は…責めてるわけじゃありませんから」
それは決して嘘ではなかった。
「容姿も性格も性癖も十人並み…。こんな僕よりもっと相応しい相手なんて他にいくらでもいます。だからどうこう言う僕が間違ってることだって自覚してるつもりです…だけど、だけど」
痛々しく血を流す口元にそっと手を伸ばし、触れる。
臨也さんはかける言葉を探しあぐねたように沈黙したまま、じっと僕の好きにさせていた。
「…分かりません。だって僕は何番でもいいんです。そんな貴方が好きなんですから。でもね、ただちょっと――淋しくて、胸が痛い」
「帝人くん」
――大丈夫心配しないで、もうそんなことはしないから。
そう言って抱きしめてくれる臨也さんに宛てて、僕は小さくはにかんだ。
「嘘だとしても、嬉しいですね…」
「そんな、嘘なんかじゃないよ。いくら俺でも、こんな大事なことで、嘘なんて」
「そうですね…」
曖昧に答えながら、ゆっくりと目を閉じた。
今此処で死んでしまえたなら、どんなにか良いだろう。臨也さんがそれで少しでも悲しんでくれたなら、仮にそんな臨也さんを見ることができたなら、愛されていたのだと信じられそうな気がするのに。
――殺して。殺して殺して殺して。楽になりたい。
「殺してと言ったらそうしてくれますか…?」
半ば無意識に呟きながら目線を上げようとしたら、思いの外ぎゅうと抱き寄せられた。
――それがどういう意味かなんて、まだ子供の僕には分からない。
20100814
企画『跪け狂信者』様へ提出
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