縦笛アバンチュール




「……」

とある平日の放課後、ひと気の絶えた教室。

「…………」

そんな中、ここの学生でもない黒服の男はロッカーの中に隠れてただひたすらに待っていた。彼が来るのを今か今かと待ちわびていた。
ターゲット――竜ヶ峰帝人の席の近くにさり気なく転がしておいた例のブツ。ご丁寧にも“折原臨也”と彫刻されているその縦笛は、学生時代に本人が実際に使っていた物だ。
――何を期待してるのかって?そんなの決まってるじゃないか、
舐、め、て、欲、し、い、ん、だ、よ。
そう、言うまでもないことではあるが、折原臨也は変態である。
しかし肝心のターゲットはなかなか現れない。
あー臭い。暑い暑い暑い。ここがこんなに暑いとは思わなかった。
掃除ロッカーの催す地獄にいい加減耐えがたくなり始めた頃、遂に彼はやってきた。

「ふー、今日は会議長引いちゃったねー」

「そうですね…あ、良かったら夕飯うちで食べていきませんか?」

――え、なんだ二人連れかよ。こりゃ失敗だ。

「あ、うんそれいいね!」

同じクラス委員の園原杏里とともに前の扉から入ってきた帝人は、ふと自分の席の横に棒状のものが落ちているのを見つけた。
果たして臨也の予想通り、少年は何なんだろう?と首をかしげながら腰を屈めてそれを拾い上げ――

バキイッ

(んな――――ッ!?俺のっ!俺の麗しい名前入りの縦笛になんてことをオオッ!)

当然、只ならぬ破壊音を聞きつけた杏里はクラスメートを振り返った。

「えと、今の音…大丈夫ですか?帝人くん」

「何でもないよ。ちょっと羽虫を叩いただけさ」

果たして羽虫を叩いたくらいでこのような破壊音が出るのだろうか。
しかし帝人はニッコリといつも通りの笑顔を杏里に向けてから、「ああ、」と思い出したように付け加える。

「ごめん、僕これから用事があったんだった!」

「用事…?」

「そう、縦笛教室に行かなきゃいけないんだった。食事はまた今度ね!」

「?」

杏里はいまいち意味が分からずにキョトンとする。
しかし、そんな彼女に構うことなく急ぎ足に教室を飛び出して行く帝人を暫し不思議そうに見送った後――やがて彼女自身も鞄を抱えて出て行った。





――静寂に包まれた室内。
見事作戦に失敗した情報屋は、埃っぽさに咳き込みながら掃除ロッカーから這い出した。

「ゲフッひっ酷い。ったく、なんであんなことするかなぁ」

――あれ?
ふと疑問が生じる。薄暗がりの中折れた縦笛を探してみるのだが、何故かなかなか見当たらない。

「酷いですか?」

「えっ」

唐突に降ってきた声に臨也が恐る恐る振り返ると――そこにニコニコと微笑みながら立っていたのは紛れもない帝人本人だった。気配さえ感じさせなかったその事実に、背筋がすうっと冷えていく。

「これ、臨也さんのですよね?」

真っ二つに叩き折られた縦笛を楽しそうに弄びながら笑顔で尋ねてきた。臨也にとってその態度は半ばイケナイ目論見を持っていただけに後ろめたく、故に不気味な事この上ない。
――この子怒ってる?

「あ、いえ。僕はなんとも思ってないですよ?」

まるでこちらの心中を読んだかのような発言に臨也は眉宇をひそめる。
ニコニコ、ニコニコ。ニコニコニコニコ。意味も無く貼り付けられた笑顔がいたずらに焦燥感を掻き立てる。

「ええ、そう…ただちょっと、遊びたくなっただけです――イケナイイケナイ臨也さんで」

告げる少年の手の中で、縦笛がキラリと光った。





20100529


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