裏切りは朱と散る



「あなたがいなければ、僕はこちら側に堕ちることはなかったでしょうね」

――怖い。
初めてそう感じた。
最初に会った頃とはまるで異種な趣を見せる少年の表情に、俺の思考は時を止める。
――彼は果たして、本当に以前のままの彼なのだろうか。

「帝人…くん……?」

声がかすれて上手く言葉が出なかった。

「どうしたんですか、臨也さん?」

俺の抱く疑問になどまるで気が付かないとでも言うように、帝人君はクスクス笑う。そのあまりにも普通過ぎるあどけない笑みが一層俺の中の焦燥感を掻き立て、ドロドロと不気味に泡立てていく。
――なぜなら、今この瞬間におかしいことなんて何一つないのだから。
ぐぷり。何かが抜き取られる衝撃に加え、内側から響く気味の悪い湿った音。力の抜けていく身体に疑問を抱きながら、俺はよろめいて数歩後ずさる。ふらふらと上体が傾ぐたび、数度滴り落ちた雫がアスファルトを濡らした。そして――ブウーンと騒音を立てて通りを駆け抜けるバイクのヘッドライトが辺りを瞬間的に照らした刹那、じわりと浮かびあがった光景に俺は目を見開く。
――いや、最初から解っていたじゃないか。
この子が俺を刺、し、た、なんてことは。
血染めのフリックナイフを手にしたまま眼前に立つ帝人君は、至って静かな表情をしていた。そう、例えるならまるで深海の底のような――暗い瞳を。

「どうして、と言いたそうな顔ですね」

「……」

「ええ、勿論自覚はあるんでしょうね」

痛みと驚愕で言葉を紡ぐことさえ忘れた俺の沈黙を是と取ったのか、帝人君は失望したように吐息をつく。
俺はそれをただ呆然と見つめた。彼がそんな表情をできるということさえ、俺にとっては衝撃だった。

「あなたは良い人なんかじゃなかった。僕に対して親身でもなんでもなかった。…その真実を知った時の僕の絶望が解りますか?」

僕はあなたを信じてたんですよ。馬鹿みたいに信じてたんです。彼は静かにそう吐露したかと思えば直後、またもやおかしそうに笑い出す。


「こんな結末なんて望んじゃいなかった。あなたが僕を突き落としたんですよ」


どうして。どうして今更そんなこと――だって君は非日常を望んでいたじゃないか。
しかしそんな負け惜しみすら形にならない。
その頃にはもう、混濁した俺の意識はさらに深いところまで落ちてしまっていたからである。
深い深い、深海よりも暗く淀んだ無の世界では、ちっぽけな俺の皮肉なんて誰にも届きやしないだろう。

――天国なんて、無いんだからね。




20100528


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