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朝焼けに染まる



停泊中の我が船は太陽を浴びて気持ち良さそうに海に浮く可愛いクジラを模している。

あれで大所帯を乗せて荒れ狂う航路を進む縁の下の力持ちなのだから、見た目の可愛さはある意味反則だ。


毎日一緒にいても、こうして陸から見る事は多くない。いつも一緒で知っているつもりでも、違う角度や面があって当たり前なのは何もモビーだけではない。


浜辺に1人、ぽつりという言葉が合う状況の原因を辿れば思い出したくもない数刻前の出来事まで遡る。


いつも通りの上陸。少し違うことといえば、進路の都合上で傘下の海賊団と合流したことくらいだろうか。

特別、相手に対して負の気持ちはなかった。

古参とは言い難い、いわゆる中堅の立ち位置にある私にとって相手は面識が少ない方だった印象だ。

直接会話をすることはない。相手はなんせ親父に会うことが久々なこの時間は親父との大切な時間であって、大勢いる中堅達の中の目立つことがあまりない私にわざわざ会おうとは思わないからだ。


余談ではあるけれど、基本的にイゾウ隊長の元で狙撃を主とする私の戦闘スタイルなのも相まってか、基本気配を消すのは結構得意な方。

それを生かして、数少ない女戦闘員の私はあまり面識のない傘下の海賊団員達に関わり合いたくない一心でなるべく隅の方へと逃げてきた。


そうして昨夜の宴も隅の方で、気の合う仲間と気軽に飲み食いをして何となく過ごしていた。


それでも私の視界を幾度となく引きつけるのは、2人の人物。

エ「よっ、食ってるか?」

『エース…まァ、貴方ほどじゃないけどね』


見るたびに苦しくなるその光景を遮ってくれたのは人懐っこい笑みを携えた弟。

私よりも入ってきた年数は若く、年齢は近く、そして実力は彼の方が上で今や二番隊の隊長だ。


目の前に自身の大盛りの皿を何皿も広げ私の前に座ると、彼はジャッキを私の持つジョッキに軽く当ててきた。

エースにしては珍しい柔らかい乾杯に、気を遣われているとわかる。


『…気を遣わなかったって良いよ』

エ「そんなんじゃねェって理解してるのは△の方が何倍も上だけだよ、それでも…あー、気にすんな!」

『途中まで良かったのに、最後は雑じゃない?』


慰めたいらしい弟は、最後の最後で言葉がまとまらず適当に終わってしまった。それに思わず笑みを溢し、今日の宴で初めて心底笑えたのだと理解した。


少し遠くから聞こえてくる彼を呼ぶ女性の声と、彼女の名前を嗜めるような声色で呼ぶ彼の声に胸が苦しくなる。



ホワイティベイ。彼女は私なんかよりも彼と長くて、気心知れている"仲間"だって知っている。分かってはいるけれど、それを許容できるほど、心の準備ができているわけではないのだ。

とどのつまり、ちっぽけで幼稚な嫉妬と器の小さい頃のせい。

…あとは、デリカシーのないホワイティベイの部下の言葉くらいだろうか。



「船長とマルコがデキてるってマジだったのか」

「いや、この船に女がいるって話だぜ」

「は?ナースの誰かか?」

「あのマルコだ、そこら辺のレベルの女じゃねェだろ」



そんな会話が始めの方に聞こえ、私に対する自信がどんどん無くなるのは仕方がないと思う。

そうして自信消失して誤魔化していたところに、不器用に慰めてくれる可愛い弟がいれば自然と可愛がりたくなるのは必然だろう。

親父の元に、そして久しい旧友である彼女の元にいるのは彼の立場からしても当たり前だと理解しているけれど、少しくらいトイレのついででも良いから、私のところに来て欲しいと思うのはわがままだろうか。

少しでもこちらを見てくれたって良いと思うのは、目が合っても良いんじゃないかと思うのは、わがままな事なのだろうか。


『エースはかわいいねェ』

エ「まァた△の悪酔が出た。すぐ俺をガキ扱いするのやめろよな?」

わしゃわしゃと頭を撫でてやる。まさに犬を撫でるソレだが、私が落ち込んでると知っているエースはおとなしく撫でさせてくれた。

そんな宴を終え、酔いも少し覚めつつある夜更に理性残る私は静かに自室へと帰る。ある意味帰巣本能にも似ている行動はいつもの通り、彼の部屋の前を通った。


もちろん家主はまだ宴の場にいるだろう。飲みつつ親父に気を使いつつ、彼女の横に座って昔の話に花を咲かせている。


そう、思っていたのに。家主は何故か部屋の前の扉に背中を預けて立っていた。



「…随分と、弟と楽しんでたみてェだない」


そこにいたことに驚き、彼の言葉に理解するよりも早く思わず視線を晒してしまった。

このままマルコを見ていたら、彼女と楽しげに話していた光景を思い出すから。


「…△、」

『こんばんは、隊長。こんな所で何をされてるんです?親父もホワイティベイも待っているでしょう?』


見ていないのに、彼の眉間にシワが深くなったのがなんとなく分かった。

「戻る前に、エースと何話してたか聞かせてもらおうか」

『別に。いつものことですけど』

「まるで抱きしめてるようだったがな」

『健気で不器用で、優しい弟を可愛がって何が悪いのですか?』


一方的に詰められている様なこの状況に、少し苛立ちを感じて視線を戻して言い返す。

「飲みの席で、たがが外れてんじゃねェかい」

『それでも、今は貴方に関係のないことです』

舌打ちを隠さず鳴らしたマルコに、もとより穏やかではなく勝気な性分の私もキッと睨み返した。引き戻るタイミングも、ここを穏便に立ち去るタイミングも完全に失ってしまった。


「ちったァ自覚しろい」

『自覚?何をですか?何も疚しいことなんて、私にはありません。まァ、貴方はどうか知りませんけれど』

「あァ?」

『別に貴方がどうこうしようと、私にはそれを制限する権利がないって理解しています。ですので、私にもとやかく言わないでください』


なんて、可愛くない女なのだろう。

ナース達の様に美人でもなければ、娼婦の様に色気が溢れているわけでもない。

街娘のように可愛げがあるわけでもなければ、ホワイティベイのように船長になれるほど強い女でもない。


中途半端なくせして、意固地で素直になれず口だけは達者な私を、目の前の彼がいつまでもそばに置きたいと思うわけがない。


「△、いい加減にしろい」

『……おやすみなさい』


そのくせ、彼に嫌われるのが死よりも怖いと思ってしまう。だからこれ以上嫌われる前に立ち去ることだけを念頭に、半ば逃げ去るように走って自室に戻った。



そうして逃げ帰って水を飲んで眠って、朝日も上り切る前の早朝にシャワーを浴びて早々に船を降りた。



そうして、冒頭の朝日を浴びるモビーを砂浜から眺めているのだ。

あのまま船に残っていればきっとまたマルコと会ってしまう。

お互いが一方的に苛立って言葉を満足にわかりやすく投げるよりも早く文句を私が言って逃げたこの状況じゃ、仲直りすらできない。

だって、明確な喧嘩と言うにはあまりにもお粗末だったのだ。


朝日で煌めく水面みなもにじわりと視界が滲んでいく。

素直に彼女に嫉妬していると言えば良かった。

私がマルコの恋人だって胸を張りたかった。

マルコのそばに座ってたらきっと、彼女の語る昔のマルコのことも、素直に楽しく聞けたはずなのに。


『…も、やだ』

自己評価は、マルコやホワイティベイの前だとすり減ってしまう。

戦場ではあんなに自信に満ちて己の感覚と目を信じて引き金を引けるのに、情けない。


『もう…やだ……』


ボロボロとこぼれ落ちる涙を止められず、蹲ってモビーからも海からも逃げるように目を瞑った。



「独りで泣く奴がいるかよ」

声と共に、ボボボッと燃える音が聞こえた。

次には砂浜に降り立つ音が聞こえて顔を上げれば青い残り火を携えて立つ人物がいた。


「朝部屋まで行きゃァもぬけの殻で、船探しても何処にもいやしねェ。飛んでみりゃ浜辺で蹲って泣いてやがって……どんだけお前にとって俺ァ甲斐性なしな男なんだい」

『…ちが、』


顔を見れば何処か悲しげな目元。どうしてマルコが傷ついた顔をするのか分からなくて、けれど慌てて否定をすればたやすく抱き竦められた。

少し暑い素肌に、慌てて私を探していたことが窺える。


「…あの席にお前を呼んだら、瞬く間にベイや他の奴らに餌食にされてたろーない。俺の女ってだけでアイツらは面白おかしく囃し立てるだけじゃ飽き足らずお前に無理させる。だから、呼ばずにいた。…言い訳がましいってのは、わかってるが」

『…気を遣ってたのも、何となくわかってた…なのに、ごめんなさい』

「俺も大人気なかった。だからまァ、おあいこだい」

『エースのこと、別にハグはしてないからね』

「そーかよい。命拾いしたな、アイツ」


くつくつと笑う彼の首に腕を回して抱きつけば、容易に抱き上げられた。

このままモビーに戻るのかと思ってたのに、あろうことかマルコは海とは反対方向の町へと歩き出そうとする。

気がついた頃にはもう遅く、私はそのまま海とマルコの横顔を交互に見ながら何か抗議しようと口を開きかけた。

「もう面倒クセェから、島の宿に帰る」

『え!?私、誰にも何も言ってない!』

「イゾウに言ってあるから気にすんな。今頃ベイの奴らが酒のつまみとして笑ってやがるのが目に浮かびやがるよい」

『えっ、ごめん…』


私のせいで旧友の彼女に馬鹿にされてしまっていると思うといたたまれない。しかし、何故かマルコは私の謝罪にため息をついた。

「…鬼の一番隊隊長が、△のことになると余裕すらなくなるってな」

『…え、』

「ま、あながち間違いじゃァねェよい」


それを最後に黙ってしまったマルコに頬ばかり熱くなる私は照れ隠しと言わんばかりに肩に顔を埋めた。

くつり、と笑ったマルコに身を委ね、私たちは人の気配途絶えた未だ眠る街並みへと消えていった。



彼女達と別れの出航の時、彼女は何故か私に素敵なウィンクしながら親指を立て、マルコには中指立てたあとに指差し馬鹿にしたようにニヤリと不敵な笑みを見せた。


次に会えたときは、彼女と仲良くなれそうだと感じた。

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