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5



フワフワする感覚が私を包む。

薄っすらと開かれた瞳の先に、見慣れない天井が広がる。でも、鼻に届くのはとても慣れ親しんだ香り。



『んん…』

声を漏らすと、喉が思った以上に掠れてて眉間にシワが寄った。

喉痛い、お水…


「ほら、飲め」

私の手に渡されたボトルをしっかり掴みつつ、ゆっくり起き上がる。ベッドに手をつけば、そのシーツがとても良いものだと訴えるかのようにするりと流れた。


『ん…ふ…』

覚束ない手で必死にボトルを開けようとするものの、手に力が入らない。

舌打ちが聞こえたかと思えば、手からボトルが奪われる。あァ、あと少しで開きそうだったのに。



「口開けろ」

『んあ』

薄っすらと口を開く。さながら親鳥にご飯をねだるヒナのように無防備だ。

暗い部屋の中でそう言えば…私は誰と会話しているんだ?と次第に思考回路が正常に動こうとした矢先、後頭部に大きな手が回る。


クシャリと撫でられたかと思えば、次に襲った感触は唇へ柔らかいモノが押し当てられたということ。



『ん、ふ…?』

ぬるりと生暖かい感触が口内に入り、次に冷たいものが通り過ぎる。水だと気がつくよりも早く本能のままに私はそれを飲み込んだ。


『んく、ん…ぷは』


飲み終えて頃に感触も離れ、口端に伝った水漏れ誰かに拭かれた。


「…無防備すぎだろ」

『ん、せんちょ…?』


やっと誰かを理解した瞬間、次にどうして船長がいるのかに疑問を持つ。

目が慣れてくればここが船長の部屋だと気がつく。伊達に船長の目覚まし珈琲を届ける係をしているわけではないのだ。


『あれ、私…どうして』

「…酒に混ぜ物入れられて気がつかねェとは、随分とあの男に気を許してたんだな?」


『まぜ、もん?』

どさり、と肩を押されて後ろに倒れる。そこで初めて私のいる場所がベッドの上だと気がつく。そして視界には船長が高圧的に見下ろす姿と天井のみ。


「女らしい格好をした途端それか」

『…そもそも…着替えさせたのせんちょ…』

「可愛いだの綺麗だの褒められて良い気になったか」


『いえ、べつに…何とも。そもそも…船長はなにも言わなかった…じゃ、ないですかァ…別にわたし…船長以外の男の人にどう褒められても…なんとも…』



まだお酒が抜けきっていない思考回路で素直に述べれば、頭上で息を飲む音が聞こえた気がした。

少し重い瞼そのまま向ければ、船長がニヤリと笑っていた。嫌な予感もしたけど、気の所為かな…船長…少し、船長らしくない。余裕がないように見える。


『せん、ちょう…?』

「…○」

『ん…はぁい』


「正直に、好きって言えよ」



きょとん、とすれば船長が深くため息をついた。何を言いたいのかよくわからない。

何が正直に?あの好青年のこと?いや、別に好きでもなんでもない。


名前もよくわからないような人。一目惚れもないし、そもそも彼がどんな人かも知らないし。それなのに好意を抱くのはちょっと…


『いやァ…ありえない…ですね、うん』

「あァ?」


怒気の篭る声に怯むことなく、私はおずおずと両の手を伸ばす。いとも容易く船長の肩に触れることが出来た。

少し力が込められた船長の肩をするりの撫でれば、なぜか再び怒りの様子を無くした船長。


『わたし、別にあの好青年のこと、好きじゃ…ないですし。あァ、そっか…船長知らないんですもんねェ…』

ふふふ、と笑いつつも両手を伸ばせば何故か船長がその右手を掴んで、船長の頬に当てさせてきた。

船長の頬と船長の手にサンドされた右手と、行き場を失い静かに下ろす左手。左手は私の口元に当てておいた。

おかしくて手を当てて笑ってみせる。


『わたし、船長のことが好きなんですよー…だからあの青年のことを、好きになることも…ないですしィ?ふふ、知らなかったでしょ?私って演技派』

「○」

『あ、別に恋人になりたいとか…そんなこと微塵も思ってません…ふふふ、だってせんちょーの好みはあのナイスバディな人達ですしねェ…あと、私も恋人になりたくて、船に乗ってるわけじゃァないですし』

「おい、○」


『わたしは…そうだなァ…船長のために死ねれば…本望です、はい。この体も命もぜーんぶ、あの日この船に乗った日から…船長のモノですし…』


「っ、○…」

『ちょっとォ、聞いてますぅ?こんな可愛い部下がいい事言ってるんですから、ちゃんと聞いてくださいよ』


口を尖らせて船長を睨むと、何故か船長はとっても真剣な顔をしていて、一瞬怒らせたかなとも思ったけれど、相変わらず私の右手は船長の頬と手にサンドされたままで、怒ってはいないのだと理解した。


「誰が死なせるかよ」

『ちょっと…私の夢を無下にするんですか、ひどい』


「酷いのはお前だろ。何処の世界に惚れた女の命と引き換えに救われて喜ぶ男がいるんだ」

『…へえ…え?』


今の船長の言葉が理解できなくて、思わず聞き返すように首を傾げて見上げれば、船長は私の右掌に口づけを落としていた。

ビクッ!と驚き思わず手を引っ込める。その私の行動さえ面白いのかくつりと喉を鳴らして笑う船長。


「そうだよな、お前の体も命も、俺の物なんだよなァ?じゃあ…」


船長の顔が近づいてきて、耳に唇を押し当てられる。かつてない感覚に体が震え、肩に力が入った。


「これからも、お前は俺のモノだ。良いな?」

『うひゃっ…ちょっ擽ったいんですけど…』


ぼやぼやする頭で抵抗しようと船長の肩に手を置いて押し退けようとする。

いとも容易く離れたかと思えば、次の瞬間目の前が真っ暗に染まった。



視界いっぱいに、船長の顔が広がる。

唇に先ほどと同じ柔らかい感触が降り注ぎ、船長が離れて初めて理解した。


『っ…!?』

「…くくっ、やっと理解したか」


『わた、わたし…確かに船長に渡した体ですけど…性処理としては嫌です』

「チッ…わかってねェな…」


『?』



再びキスが降り注ぎ、今度は深くなる。

思わずきつく目を閉じていると、船長の舌が私の舌を捕らえて離さない。苦しくなり肩を叩くと、船長は首元に顔を埋めてきた。


一瞬チリッも痛みが走り驚いていると、船長は私の耳元に口近づけて小さく囁いた。





「…好きだ。だからお前の心も全部寄越せ。代わりに俺のをくれてやる」

『っ……ふふ、はぁい』


お酒の勢いって怖い、私はそのまま船長の首に腕を回して自らキスをねだるように唇を当てた。

夜が更けていき、私は翌日の朝…絶句する。





『っ…夢じゃ、ない!!!!』


「…うるせェ、もう少し寝てろ」


翌朝、船長のベッドの上であられもない姿の自分を見て叫び倒したくなった。

しかも、船長も上を着てない、わたしなんかなにも、なに、も…



『夢だと思ってたのに!!』

「ほォ?そりゃとんだ淫夢だな」

『そそそそ、そんなっ…純潔奪われた』


「良いじゃねェか、最初から最後まで俺だけだろ」

『っ…くっ……ずるいです!!』

「とりあえず、寝ろ」



腕を引かれ、出ようと思ったのに再び船長の高級ベッドに引きずり込まれた。

冷えて体にダイレクトに船長の素肌が触れて、なんかもう死ぬわ、私死ぬ気がする。絶対死ぬ。


『ううっ…もう船長のこと見れない…』

「あァ?」

『今までも、たまに見るの苦しくなるのに、ずっと苦しくなる…ずるいんですよ、目が会うだけで死にそうなのに…私ばっかりずるい、反則だ、卑怯だ!』


「……あァ、もうお前黙れ」

『黙りません!どれだけ船長が私の心に打撃をかましてくるか理解していない。まず起きがけのその掠れた感じとかですね、心臓に悪いんですよ。あと戦闘中の自信ありげな感じ?戦闘中にもかかわらず心臓にクルんですよ、是非やめてください。あと−−むんんっ』


無理やり口を船長の口で塞がれ、抗議の言葉を全て殺された。


「……よほど襲われたいみたいだな」

『ふぁ!?何で!!』


「…大人しく食われておけ、心も体も」



次に私が起きたのは、昼過ぎでした。



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