1 たとえば、今一つだけなんでもしていいと言われたら、私は迷いなく手をグーにして振りかざし、そして目の前の男の右頬にストレートパンチをかましているだろう。 口の中のトマトを噛み潰して必死に耐える。我慢だ、私。 何気ない日差しの中、久々の浮上に心躍らせてコックから昼食を手に甲板に簡易椅子を置いてランチタイムだ。 黄色い潜水艦と、まあるいジョリー・ロジャーがトレードマークのハート海賊団の一船員である私は一応これでも女だ。そして上位を誇る戦闘員でもある。 イッカクと2人きりの女性船員。だけど、残念なことに今彼女は仕事中なので悲しく私だけお昼を食べています。 あァ、シャチあたりに見つかったら爆笑しながら"ぼっち飯"とか言ってくるんだろうな。ムカつくから蹴り飛ばしてやるけど。 シャチと良い勝負。ということは私は歴の長いシャチと肩を並べられるだけの戦闘能力だ。まだペンギンには敵わないけれど。 ふふん、と鼻を鳴らしつつもそんなんだから女っ気がないんだと言われるんだ。 目の前の人物にな!! 『なんすか、せんちょ』 「…○、お前は時々わけわからないことするな」 うわぉ、変人認定されたよおい。 我がハート海賊団の船長である、この容姿端麗で手足がすらりと長くて線が細いのに無駄のない筋肉とそのテノールの声。 それを目つきの鋭さ(野生的っ!と陸の女が惚気てた) 隈の濃さ(看病したくなっちゃう!と陸の女がしなだれかかってた。うるせェ、船長は努力家な上に眠りが浅いだけだ触るな) 簡単に靡かないどころか、全く愛想のないその態度(とても男らしいわァ、だなんて陸の女が言ってた) 足し引きしても、どう足掻いても目の前の我らの船長はおモテになる。 イッカクが来る前の私は幾度となく陸の女たちに足から頭のてっぺんまで舐められるように見定められた後、鼻で笑われて"あんたにあの人は似合わないわね"と馬鹿にされたことか。 イッカクはスタイル良いし姉御肌で気がつけば"あれ?私の方が妹、後輩みたいだぞ"と錯覚するくらいの頼りになる仲間だ。 今は彼女のおかげで私は陸の女に絡まれることなく済んでいる。 …って、そんなことどうでもいい。 そりゃ自分がちんちくりんなのはわかってるよ、仲間達からも"妹"やら"嬢ちゃん"の扱いをネタとして時々まだ言われているんだから。 「お前、彼氏いないだろ?」 『ふぁ?』 どうしたんすか、船長。急に恋バナ始めて…乙女なんですか?急に恋バナしちゃいたくなるような乙女なんですか? それなら私にその話を振ったのが間違いです。私今まで一度も恋人なんかいたことねェーですし。 『今までもこれからもいませんが。というより、そもそも海賊としてこの船に乗っているのにどうしてこうして恋人を作らにゃいけないのですか?私別に恋をするために乗船してるわけじゃないんですけど。え、何ですか、何で笑ってるんですか?いくら船長でも失礼すぎやしませんか?』 「…くく、いや…やけに必死だな」 おいいい、私の心の動揺を船長わかってるよ、バレてるよ。 えぇ、そうですよ。今まで恋人はおろか、好きな人すらいたこともない私がですね、もうほんと馬鹿だと思いますけどね? …好きなんですよ、この目の前の男を。 くっそ、どんだけ初っ端からラスボスなの!?夢見すぎとかじゃなくて、丸腰で四皇とやりあおうとするくらいのレベルだからね、本当身の程知らずにもほどがある。 わかる、わかるよ。陸の女達の言いたいこと、ムカつくけどわかる。 顔もいいしスタイルもいい。だけどちょっと怖そうな雰囲気とか、誰も寄せ付けない感じとか、だけど皆を纏めるだけのオーラもあって自信に満ち溢れてて… それなのに、意外と私が落ち込んでる時とかさりげなく…ほんとーにさりげなくフォローしてくれたり、戦闘中に怪我したら誰よりも気がついてくれるし(どんなに隠しててもバレる)、調子悪くなった時も誰よりも気がつく(こちらも隠してても速攻バレる)。 仲間の命を大切にするし(バラバラにはするけれども)、ベポに実は甘いし(モフモフ好きなのかな、帽子もモフモフしてるし)、でも滅茶苦茶強くて頼れる船長。 だから、よくも知らない陸の女達が見てくれだけで判断して、肩書きだけで言い寄って、そんでもって私を馬鹿にしてくるように喧嘩ふっかけられて… 昔はブチ切れてましたよ、ええ。女の子とは思えないキレ方でしたけれどもね? あ、手は出してませんよ。決して手など出しませんて。的確に相手の急所を狙うような言葉を吐いてやりましたよ。 素顔がわからないくらいの"塗装"だねとか、トイレの芳香剤みたいな香水で鼻がもげそうだとか、その胸偽物だろ?笑って揺れないとか固すぎるわ、うける。とか… その度にペンギンには滅茶苦茶怒られたし、船長にも怒られた。 あァ、今思い出しても悲しいな。 何で私じゃなくてあっちの肩を持つのかと、何度も枕を濡らしたものです。 今となっては、やっすい喧嘩を買ってた私がガキで馬鹿だった。 ペンギンも船長も、私がこのジョリー・ロジャーを背負う人間なんだから、もっと自信を持て、あんな人達の言葉なんかただの戯言だと言いたかったことを理解した。 『あのですね、どうして急にそんな話を?』 「いや、長いことお前に男の影を見ねェと思っただけだ」 『要するに暇つぶしですね、わかりました』 私の返答に満足げに笑う船長。この悪どい笑みですら胸が苦しくなってしまうのだから、私は相当末期だ。 憧れと好きを履き違えぬよう、必死に防衛線を張っていてもいとも容易くそれを飛び越えてきた彼が恨めしい。 墓場までこの想いには蓋をして、何なら燃やして灰のまま海に投げ捨てるくらいの覚悟だけどね。 とりあえず、船長を睨みつつ最後のサンドイッチを口に放り投げるように頬張ると、船長はいつもの自信に満ち溢れた薄く笑う表情で、珍しく優しい手つきで私の額を軽く小突いていた。 「お前に男が出来たら見ものだな」 どっ…ど、ど…どういう意味だコラー! Since:19/9/11 [*prev] [Back] [next#] [しおりを挟む] [感想を送る] |