5 あれから何日か過ぎ、必ずと言っていいほど私の部屋の前で待ち構える隊長に連れられ夕食を共にする。 徐々に食欲も回復していき、今では前と同じ量を食べられるようになった。 『あの、隊長』 「どうした」 『私、もう夕食抜きませんから…その、見張っていただかなくても…』 我儘な私は今もこうして食事を共にできている事実をとても喜んでいる。 けれど臆病な私がそれを許すわけもなく、迷惑をかけているのを自覚しろと何度だって忠告してくる。 そして臆病な私が優勢であるが為に口にした言葉。 隊長の手を煩わせたくない。ううん、煩わせて嫌われたくない。呆れられたくないのだ。 「……他に食いたい奴がいるから、か」 『いえ!決してそうではなくて…その、えーっと…』 勘違いされたいわけではない。けれど馬鹿正直に告げれば"貴方に好意を抱いてます"と伝えるのと同じだ。 考えあぐねつつ、周りを見回せばいくら数日経ったとは言えまだ物珍しいらしく、周りの視線がいくつも感じている。 「周りが気になるからかよい」 『まァ…流石に隊長と平隊員の組み合わせは…その、不自然かと』 自分で言って傷つくとは飛んだ笑い草だ。でも紛れも無い事実であることは他者から言われたこともあるからこそ。 そう言えば…と、ナース達を思い出した。 最近あのナース達から嫌がらせを受けていない。いや、受けないのが嬉しいことこの上ないのだが、少し不気味なくらいだと思う。 昨日すれ違っても全く何も言われなかったのだ。むしろ軽く会釈までしてきた。これが嵐の前の静けさという奴だというのなら恐ろしすぎる。 「そういや…」 『はい?』 「この間の4人組のナース達には何もされてねェか?」 『ゴフッ!?え、な!?』 何故それを貴方が知っているのですか!?そう言いたかったのにタイミング悪く口にしていた水のせいで、むせ返る始末。 「ったく、気をつけろい」 『ゴホッ…何で、それを…ゴホゴホッ』 「……さァねい」 優しく背中をさする彼は悪人顔負けな悪い笑みを浮かべ、遠くに座るナース達に目を向けた。 その一人である婦長と目が合うと妖艶に微笑んでいる。成る程…あの二人は付き合っていたからこその情報源だったらしい。 理解して、傷つきつつもお似合いだと思ってしまった。 『…このこと、誰にも言いませんから』 「あ?」 『隊長と婦長がお付き合いされてること』 「ゴフッ!?」 今度は何故だか隊長が吹き出しむせる番らしい。慌てて背中をさすれば隊長は慌てて私の腕をむせながらも掴んで、もう片方の手を自身の口元に当てて苦しそうに咳払いをしていた。 『ご、ごめんなさい。でも、本当に言いませんから、あの…私だけの秘密にしますから』 「…おま、ゴホッ…いい加減にしろい」 『な、何で怒って』 「よーくわかった。お前が相当鈍いのも、俺が遠慮し過ぎてたってんのも、痛ェくらいわかった。ってか、婦長とは何もねェから勘違いすんない」 いつの間にか咳払いを終えた隊長の目があまりにも真剣で、それでいて獲物を前にした時のような何処か熱をはらんでいて、何故だか逃げ出したくなった。 腕を引いて、逃げ腰になるも腕は掴まれたままだし、何なら私の背後は壁だ。一番端に座った30分前の私を恨んだ。 「俺が、お前をどうして一番隊にしたかわかるか?」 『女で、年頃で、面倒事が舞い込んでしまうから』 「……不正解。じゃあ、どうして俺がお前に目をかけてると思う?」 『…それは、私があまりにも隊員として不甲斐ないから…ですか?』 「ちげェ。そもそもの認識の違いが原因か…○」 『っ、はい』 「お前が諜報員から船員へと引き入れられた理由は?」 そればかりは、誰からも聞かされていない。無名から白ひげ海賊団の諜報員へと変わり、しばらくして私はこの船員となった。 他の諜報員からしたらスピードもいいところの大出世に違いない。 いくら熟考しても検討はつかず首を横に振る。 「お前が、誰よりも自身の仕事に真剣で一生懸命だからだ。お前がいれば他の兄弟達にもいい影響を与え、手本にすらなる。それを俺が見つけて引き入れた」 褒められ、意図しない形で頬が熱くなる。握られた手首から伝わる隊長の熱量に浮かされそうだ。 「実力が伴わないと自信なくすくらいなら、いくらだって俺がついて見ててやる。怖いなら守ってやる」 『そ、それじゃ…お荷物じゃないですか』 「わかってねェない。荷物なんかじゃァねェ…ま、特権てやつだい」 よくわからない。迷惑をかけられることが特権って、長男としての性分ってこと? 首を傾げれば隊長は朗らかに笑って、そして手首を引いて私を引き寄せた。そんな急な出来事に対処など出来るはずもない私はいとも容易く引き寄せられる。 軽い衝撃と共に倒れ込んだ先は紛れもなく隊長の胸元で、しばらく停止した思考に鞭を打って理解をすると、慌てて体を引き離すように両の手で押しのけようとした。 それが叶うはずはなく、背中に回った隊長の腕の温もりと、ありえないくらい暴れ回る私の心臓。 ガヤガヤとする食堂。 …食堂!? 『たたたたたったたい、隊長!?!?』 火事場の馬鹿力とはまさにこの事。私はありえないくらいの速さで彼の腕の中から抜け出すと、そのままテーブルの下を潜り抜けて彼と距離を取った。 サ「○、やるじゃねェの!」 ギャハハ!と笑うのはサッチ隊長で、いつの間に近くにいたのかと唖然していると、くつくつと笑うマルコ隊長に気がついた。 「ったく…この先もお前から目が離せそうにねェよい」 『な、何、言って…!?』 「さっさと俺のモンになっちまえってェ事だ」 ほんの数秒、マルコ隊長の自信ありげで余裕綽々な笑みを見て意味を理解すると煙が出るんじゃないかってくらいの熱が体の底から湧き上がった。 『っ、そ、そんなの…とっくに奪われてますけど!』 まるで捨て台詞のように叫んで、そのまま私は大慌てで自室へと逃げ込むために走り出した。 初めて見る、唖然としたマルコ隊長の表情に少しだけ冷静になったけれど、それよりもあの場が食堂で、たくさんの目があって、そして、そして… 『こ、告白してしちゃった!!』 明日からどんな顔をして鍛錬すればいいの?どんな気持ちで仕事すればいいの? 一番になりたかった。貴方の一番に、なりたかった。 貴方の一番にしてもらえたのに、今だけは一番会いたくない…かも、しれない。 その後、私の部屋の前で待ち伏せされていた私は、めでたく彼の部屋でどれだけ私を想っていてくれていたのか、どれだけ大切なのか、どれだけ私が鈍感だったのか、そして最後には好意を抱く男の部屋へノコノコついてくるんじゃないと説教された。 『…あの、私もお慕いしてるので…その、素直に、ついて行ったんです…けど』 「……ほォ?末っ子が言うじゃねェか」 『ひっ!?』 私がどれだけ貴方の事が好きなのかを伝えるのは、またの機会になりそうです。 |