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あれから私は絶対安静を余儀なくされ、もちろん上陸も許される事なく出港することとなった。

今の状態でこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかないのは重々承知しているつもりだから、別に降りようと思わなかった。

それでも次の冬島気候に備えて服を買っておきたかった気持ちもあって、服も初日に買えばよかっただなんて、後悔というには小さく、愚痴というには子供っぽい気持ちにため息ひとつこぼした。


あれから運が良いのか悪いのか、あの4人組ナースと出会う事なく日々を過ごし、昨日ようやく仕事に出られるようになった。

事情を知っている一番隊の皆からは"良くやった"とか、"度胸あるな!"だなんて褒めてもらえたけれど、ちっとも心は晴れなかった。


もっと上手くやれれば、私だって無傷だっただろう。それにマルコ隊長の手を煩わせる事なく済ませられたはずだ。

それを言ったところで、皆からは苦笑いをされてしまうことなど容易に想像ができるから、何も言わずに曖昧に頷くだけで仕事に専念した。



今日も1日平和に終わって、けれど食欲はなくて、食べたくないと独り言ちて風呂だけ済ませると私は自室に籠もった。

あの上陸で怪我して以来、最近の私はこうだ。夜は食欲なんてこれっぽっちも湧かなくて、コック達には申し訳ないけれど、残すよりはマシだと食べずに眠る。

初日に夕食を遠慮すれば、隊員の1人に心配されて"ダイエット"だと嘘をついた。

特に気にする事なく、私のその言葉を信じてくれた隊員に心の中で感謝と謝罪をしつつ数日過ごすうちに一番隊の中で私はダイエットをしていると広まった。

うん、まァ…それでいいよ。誤解とくのも面倒だし、性別の壁がここで上手く作用してくれたみたいで皆一様に"女は大変だな"だなんて、変な気遣いまでしてくれた。


1人なんて、"恋でもしてんのか!?"とか見当違いすぎる発言をかまして、皆に笑われていた。

ある意味、私も笑われて複雑だ。


…あながち、嘘でもないから。

これを恋と呼ぶにはおこがましくて、あまりにも陳腐で子供くさいモノだと自負してる。

憧れから恋に変わるなんて、三流小説並みな展開で、至極単純。最近の作家ですら匙を投げるあらすじだ。


好きだけど、嫌なんです。

好きになんて、なりたくなかったんです。


ただ、憧れの人でいてほしかったんです。


こんなの、叶わないことは百も承知です。

せめて彼の役には立てなくても、お荷物だけにはなりたくないのに。

なのに、迷惑ばっかりかけて…自分がどんどん嫌いになる。



消えたくなるけれど、そうしたらそうしたで迷惑をさらにかけることになる。

願わくば、私が強くなる。もしくは−−



『一番隊から、抜けたい……』


布団に包まって、小さく呟けば次の瞬間勢いよく剥ぎ取られた布団。

真っ暗な世界が一気に眩しいくらいに広がって、私はしばらく放心状態で広がった視界をよく理解しないままぐるりと見回した。


私の背後に立つその姿に、息を飲む。

悲しげに、けれど怒りさえも抱いた表情を浮かべたマルコ隊長がそこに立っていた。


「…聞き間違いじゃァなきゃ、今…一番隊から抜けたいってェ聞こえたが?」

『マルコ、隊長……どうして、ここ、に』


体を起こすことも忘れて、振り返るだけ振り返って呆けているとマルコ隊長は私の腕を強く荒々しく、なのにゆっくりとした動きで引き寄せて体を起こされた。

ベッドの上に座り、マルコ隊長を見上げれば変わらず複雑そうな表情をしていて、私は未だに理解ができずに見つめるだけ見つめて、その後は何も言えない。


「…答えろい」

『っ…すみ、ません』


「何が嫌か、何が駄目か、きちんと言わねェんなら移動は許可しねェよい」

『…っ』


キュッと口を噤んで、責められていると感じて後ろめたさから視線をそらすように俯く。なのにそれすら許さないと言うかのように顎を掴まれ上を向かされた。

視線を逸らしたくても、穴が開きそうなくらいに見つめられて、一度目を合わせてしまえばもう、そらす事すら出来なくなる。


「○」

『っ…わた、し』


もう、いっそうのこと言ってしまおうか。

貴方が好きだと。

だから一緒の隊は苦しいのだと。

迷惑ばかりをかけて、ただでさえ罪悪感で苦しいのに、貴方が好きだから、もっともっと苦しい。

だから、一番隊に居たくないのだと。


そんなことを言ってしまったら、きっと部下としてだけではなく、家族として、妹として、仲間として…呆れられてしまう。

こんな情けない私、私自身ですら嫌気がさしてしまうのに一方的に好意を向けられ、なのにそれが嫌だと駄々をこねられ、マルコ隊長はもっと嫌になる。


『……っ、…』

「○、答えろい」

『…わた、し』


視線が絡み、言い淀む。口を噤んでしまえば、何故かマルコ隊長の手はするりと私の頬を撫でて、その後耳の裏を柔く撫でられた。

擽ったくて、恥ずかしくて、自分の意思に反していとも容易く頬に熱が集まる。

別の意味でも胸が苦しくなり始めて、でもその手を払うには惜しく思ってしまって、何とも欲深い自分に泣きたくなる。


とうとうマルコ隊長指に耐えかねて、首をふるふると無意識に近い反応で震わせて、思わず目を瞑る。


「黙ったままじゃ、俺を困らせたいとしか思えねェよい」

『っ、違います!!』


それだけは決して違う。何としてでもそんな誤解をされたくなくて…半ば食い気味に慌てて大きな声で反論すれば、マルコ隊長は何故か優しく笑っていて、私は喉に物が詰まってしまったかのように息ができなくなる。


「…俺が、嫌なわけじゃねェみたいだない」

『…それ、だけは…ありえません、から』


そんな、優しすぎる表情を向けられたら、勘違いをしてしまう。必死に違うと言い聞かせて私は言葉を絞り出す。

あいも変わらず私の頬を撫でるマルコ隊長の指にも耐えつつ、何とか言い訳を考える。


けれど、それよりも早くマルコ隊長は私の頭を優しく撫でて頬をつねってきた。


「…嘘でも、冗談でもあんな事を言うな」

『…すみませんでした』

「本気で移動したいなら、きちんと理由を聞いてやるからあまり溜め込むんじゃねェよい」



移動、したくない。

辛いけど、苦しいけれど…でも、これ以上離れてしまうのがとても怖い。悲しい。辛い。


『…移動、したくないです』

「…よい」


わしわしと頭を一通り撫でられた後、何故かマルコ隊長は"ちゃんと夕飯も食べろ、明日から見張るからない"と言い残して部屋を後にしていった。


勘違いを、しては駄目だ。

私は彼の部下として過ごしていきたいのだ。



−−−−−−−−


『ま、マルコ隊長?』

「おい、昨日言ったばかりだろい」


今日も夕飯前に部屋に戻ろうとしたら、見事に待ち伏せされて、驚いている間に連れ去られて気がつけば食堂。

珍しい組み合わせに皆がチラチラと見つつも、マルコ隊長は問答無用でいつもの彼の定位置の隣に私を無理矢理座らせると、そのまま待機命令をされてしまった。


何でかな、目が合ったイゾウ隊長に微笑まれた。ハルタ隊長には指さされて笑われた。

サッチ隊長なんて、マルコ隊長とカウンター越しに会話した後、私を見てニヤニヤと笑って、その後マルコ隊長を指差して笑ってた。

マルコ隊長はサッチ隊長のその指を折ろうとしている勢いで掴んでまずい方向に曲げようとしてたけれど。


一番隊の皆とも目が合って、驚かれた。ここまでは正しい反応なのに、その後満面の笑みで親指を立てられた。中には感慨深そうに頷く人すらいる始末。

意味がわからないよ、後で教えてください。


とても居心地が悪くて、出ていきたくなったけれど待機命令を受けている身としては、身動きひとつできず固まるばかり。


「軽くなら食えそうか」

『えっ、あっ…えっと…はい』

マルコ隊長が持ってきてくれた食事は、食欲のない私をお見通しな優しい料理で、思わずマルコ隊長の事をガン見してしまった。

それに軽く笑って、マルコ隊長は私の頭を料理へと向けさせられ、私の視界は湯気立つスープへと変わっていた。


『…ありがとう、ございます』

「いつ、襲撃があるかもわからない海の上だ。食わないで貧血起こして…だなんて笑えねェだろい」

『うっ、確かに…すみませんでした』


「……別に、痩せる必要もないだろい」


ポツリと呟かれたマルコ隊長の言葉に驚きながらその横顔を見つめれば、彼は苦い笑いをこぼしながら額を叩いてきた。

ぺちん、と乾いた軽い音が聞こえて…何だか胸のつっかえが取れた気がした。


『確かに、痩せた所でどうにもできませんね』



乾いた笑いをしながら溢れた言葉は、食堂の賑やかさにかき消され隣の彼に届くことはなかった。

彼の隣は居心地が悪くて、なのに心の底から喜んでいて、自分でもどうしていいかわからないけれど、時間が解決してくれることだけを祈る事にした。


今だけは、逃げてもいいよね。

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