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3



ドゴォ!と大きな音が聞こえる。

この時ばかりは戦闘の好きな血の気の多い人達が羨ましいよ。


街中で買い物してたら、何故だかあの4人のナースに出くわして、散々嫌味を言われる羽目になった。



「あら、○さんじゃないですかァ」

「お買い物?ふふ、可愛らしい服でも選ばれるんです?」

「○さんなら何色でも似合いそう!」

「例えばァ、ほら!"マルコさん"と同じスカイブルーなんて良いんじゃないですかァ?」


これがナタリアや婦長、その他の人達に言われたのであれば、お世辞かもしくは一番隊としての話題。そういう風にとらえて笑えるのに、今の私は口元を引きつらせて苦笑いするしかない。


惜しげもなく披露されるすらりと長い足も、下品にならないラインを保つ豊満な胸元も、それを際立たせる服も靴も、私には無いモノだ。

女として羨ましいって感情を捨てている訳じゃ無い。だけど、心の底から海賊だから気にしない!と言えるほど私は海賊として胸を張れない。


『私、は…これで失礼します』


帰りたくなって、これから寄ろうと思っていた服屋も全部無視して、来た道を踵返すようにして歩き出す。

「きゃっ!」


そんな声が聞こえて振り返れば、数m先で先ほどの彼女達が、何ともまァ柄の悪いチンピラに絡まれていた。

ここで、私が薄情で何の関係もない人間だったら、きっと見なかったフリでもするんだろうけれど…


仮にも彼女らは親父の治療を担うナース達で、同じ航海をする人間で、一応…仲間だ。



『あの、うちのナースに何か御用でも?』

「あん?餓鬼にゃ用はねェよ」


ギロリと睨まれた男の、ナースを掴む男の手首を容赦なく握りしめる。こんな形(なり)でも腐っても戦闘員としてあの船にいる以上、女以上の握力ぐらいはある。

男は痛みに顔を歪めて手を離した。その間にナース達には帰ってもらう。何なら、この先の広場にハルタ隊長がいた事を告げて、そこまで走るように指示をする。


ナースの1人が何かを言いかけていたけれど、そんな事など聞いていられない。

荒々しく舌打ちをして、私はナースへ吐き捨てるように放った。


『……あなた方、"お荷物"の"お荷物"にでもなりたいんですか?』


あァ、自分って意外と嫌な人間だったのかな。痛いくらいの嫌味を放てば彼女達は素早く去って行ってしまった。

その間もチンピラ共が何か仕掛けようものなら、その足元に投げナイフを投げて牽制しているので、無事に彼女らは姿が見えないくらいには逃げ切れたらしい。


「せっかくの上玉だったのによォ!どう落とし前つけてくれんだクソ餓鬼!」

『餓鬼餓鬼うるさい。"うち"に手を出す覚悟ができてるんでしょうね?』


睨んでもチンピラ共には全く効かず、こうなれば仕方ないと私は小さくため息をついた。

やられたフリをして、相手が油断した時にその首を頂戴しよう。


痛いの、嫌だなァ…お風呂染みるし、ナタリアと婦長にもお説教されるし。


「こんの、クソ餓鬼!!」


ドゴォ!と大きな音が聞こえる。そうして状況は冒頭へと戻るのだ。

すぐ右へ入った路地で、何ともストレートな拳が私の頬を直撃する。


痛い、けど。素手なだけマシだ。一番最後にやられたのは去年だったっけ?あの時は敵の刀で斬られて大怪我して、それはそれは皆に怒られた。

斬られた理由が馬鹿だったのもあるけれど。



自分の実力を見誤って、突っ込んで、マルコ隊長に怪我して欲しくなくて、飛び出した結果だ。

馬鹿すぎる。冷静に考えればあのくらいの攻撃、マルコ隊長なら避けられた。むしろ、無傷で反撃食らわして倒せてた。


『…これだから、お荷物って言われちゃうんだろうなァ…』


お腹に重い一発をもらい、くぐもった声をこぼした後に呟いた声は、何とも私の心情も影響してか涙声混じりだ。

お腹も頬も痛いけど、心に比べればマシだ。情けない理由で自分を奮い立たせて、油断した男達にナイフを振りかざし、た…筈だった。



「○!!」

『…えっ…?』

目の前の男以外のチンピラ共は全て地に伏せ、私は呆けてしまいながらも対面している最後の男の背後に青い炎を見た。

慌ててナイフを振りかざすと、男は右へと大きく吹き飛んだ。そうして視界が開ければどうやら同じタイミングで炎の持ち主が男へ攻撃を食らわせていたようで、血相を変えたマルコ隊長が目の前に立っていた。


『ま、るこ…たいちょ…う?』

「っ、お前…その頬誰にやられた?」


怒りを包み隠さず言い放つ彼に私は思わず震え上がる。私が怒られているのだと錯覚してしまうくらいのその圧に震えながら、今吹き飛ばされた男を指差す。

その指の動きを確認して、とっくに伸されて気を失う男へと怒りの矛先全てを向けたマルコ隊長。



今ならあの男は見る影もなく木っ端微塵にされかねない。

流石にそれはまずい。あの白ひげ海賊団の一番隊隊長ともあろう人が、そんな極悪非道極まりない制裁を加えるなど言語道断だ。

海賊だけど、弱い者を追い詰めるほど堕ちてはいない。親父の顔に泥を塗るような事を決してしない。それがマルコ隊長のはずなのに…!


『っ、マルコ隊長!おち、落ち着いてくだ、さい!れい、冷静に!』


慌てて歩き出した彼を止めるべくその腕を掴んで引き留める。だけれど簡単に、柔く振り払われる。

今度は全身全霊をかけて、その右腕を抱き止める。そうして初めてマルコ隊長は私にへと目を向けてくれた。


「…っ、○」

『これくらい、平気です。それよりもここを去りましょう。騒ぎを聞きつけて人が来ても困ります』


「○」

抱き止めていた腕を簡単に外され、そのまま気がつけば腕を引かれる、マルコ隊長を先頭に路地をさらに奥へと進み始めた。

しばらくして、喧騒からも離された物悲しい路地にたどり着きそこで歩みを止めた。


対面し、丁寧にその親指で口端から垂れて固まりかけた血の跡をマルコ隊長は拭って来た。それに驚いていると、次には彼の腕の中に囚われたかのように抱き竦められた。

突然のことに呆けていると、マルコ隊長は一つ大きなため息をした後で口を開いた。


「こういう時は俺に頼れと言っただろい!」

『…っ、すみ、ません』

「…もう、あんな思いは御免だい」


ギュッ、と強くなった抱擁に私はもうパニックで、どうして?とか、何で?とか、目まぐるしく思いが駆け巡った。

わかることといえば、マルコ隊長は私を心配してくださったみたいで、また一つ迷惑をかけてしまったことにひどく落ち込んだ。

私はきっと、マルコ隊長の中で一番迷惑をかけている部下だ。


こんな形で、彼の中の一番になりたいんじゃァ、ないのに…


そんな考えすらおこがましくて、私はもう一度謝罪をした。そうしても許してもらえないのか、彼の拘束はしばらく解かれることなく続いた。



その後、私はマルコ隊長に抱き上げられ、船へと帰還した。

断ったら怒られた。迷惑かけたくないって言えば睨まれた。理不尽すぎる。

唯一の救いは、道中でも船内でもあまり人に見られなかったということ。


船医に診せれば、瞬時にお腹の方も気がつかれて、カーテン越しに聞いていたマルコ隊長の怒りオーラが増した。

船医、どうして余計な事を言うんですか。勘弁してください。また私お説教されてしまうじゃないですか。


医「今日明日は安静にしろ。わかったな?」

『明日、不寝番−−』

マ「俺がやる」

『そ、そんな!!ダメです!』


マ「…○、命令だい」


カーテン越しでもわかるくらい、マルコ隊長から不機嫌そうに言われてしまえば、もう何も言えなくて…私は奥歯を噛み締めて遣る瀬無い気持ちのまま彼へ謝罪をもう一度告げた。

情けない、こんな私なんて…嫌いだ。

Since:19/9/21


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