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マルコ隊長との上陸は、それはそれは私にとっては楽しくて、彼の行きたい場所が知れただけに至らず昼食も共にできて、夢のようだ。

そして、翌日の船番は私を現実に引き戻すためのものだと自負している。


浮かれすぎるのも如何なものかと、現実が私の頭にげんこつを突き落としくる。


ナタリアに買ってきたものを渡せば、とても綺麗な笑顔でお礼を言ってくれて、彼女はめいいっぱいのお洒落をした姿で隊員の一人と上陸した。

ほう、なるほど。三番隊の人だったのか。と納得しつつ、私は任された甲板の掃除をしている。


他の一番隊員達とも掃除を済ましていると、誰かがふざけ始めた。

その内容といえば、バケツの水を床にかけるだけではなく人にもかけると言うもので、被害者がすでに何人か出ている始末。



私はそれを遠目に見ているだけで、自分の仕事をさっさと済ませている。

楽しそうだけど、ちゃんとやりなさいよ。だなんて苦笑いをこぼしていると、隊員の一人が私に笑顔で手を振り手招きをしている。

いやだ、絶対私にかけるつもりでしょ。私は満面の笑みで両手をバツにして拒否。それがわかると大声で笑いながら私の名前を呼ぶ始末。


行かないったら行かない。絶対かけられる、なんだそのバケツは。後ろ手で隠すつもりもない持ち方をしないでせめて隠してよ。

あー、もう。ま、いっか。

だなんて考えながら、私はそっと空のバケツを持って歩み寄る。


しかし彼も何故か空のバケツを持っていて、私のどうやら私の杞憂で終わったらしい。疑ってごめ−−−−



バッシャァァアン!!


どうやら目の前の彼は囮で、もう一人が私の背後から水を盛大にかけてきてくれやがりました。

ビッシャビシャだよ、最悪。夏気候なのが不幸中の幸いで、私はかけられた反動で持っていた空のバケツに運良く入ってくれた水の残りを振り返りざまにかけてやった。



「ぶは!○、やるじゃねェか!」

『仕返し、ですよ!!絶対やられると思いました。囮だったのには驚きでしたけど』


もう3人もびしょ濡れで、笑いながらデッキブラシを片手に掃除を再開しようと走り出した。

濡れた甲板の上を、走り出したのが悪かったんだろうね。


あっけなくつるりと足を滑らした私は、水溜りすらできている甲板の床に頭を思い切り強打して、チカリと目の前が白くなって、真っ黒になった。

要するに、打ち所悪くて意識を手放してしまったと言うことだ。


消えかかる意識の中で、受け身も取れなかった自分が鈍臭く情けないことに嘆きながら、そっと瞼を閉じた。


−−−−−−−−


『んっ…』

薄っすらと瞼が無意識のうちに持ち上がり、そこで初めて私が眠っていたことに気がつく。

そして、その理由が情けないものだったと思い出して、反動的に慌てて飛び起きた。


『掃除…っ!いった……』

ズキン、と痛む後頭部に眉間にシワよ寄せてきつく目を閉じて心臓の動きに合わせて一定の波のように襲う痛みに耐えた。


「っ、寝ろ」

私の右肩を押し倒し、けれど背中に添えられたもう片方の優しい手がゆっくりと私の体を倒す。

やっと完全にベッドに戻されてはじめて、その声の人物が誰かを理解する。


柔い部屋の光は、この前私が気に入って買ったスタンドライトで、ここが私の部屋で、隣の一人用のソファに座る人物はマルコ隊長だ。

ここまで答えを導き出した後、パタリと私の思考回路は停止する。


『ま、るこ…たいちょ…どうして、ここに』

「…ったく、騒ぎを聞きつけて駆けつきゃァ顔を青くして倒れるお前がいて、話を聞きゃァ滑って頭を強打して……どれだけ心配したと思ってるんだよい」


頭をかいて深いため息、そして疲れたかのような様子。また一つ私は隊長に迷惑をかけてしまったのだ。

昨日浮かれたバチが当たったに違いない。布団を優しくかけられ、もう申し訳ない気持ちでいっぱいで…静かに彼の名前を呼ぶ。


『迷惑を、おかけしました…すみません』

「迷惑じゃ、ねェ。確かに心配はしたがない」

『?心配をかけているってことと迷惑をかけているってことは…同じじゃ…』


「はァ……とりあえず、あんな格好で今後は水遊びするんじゃねェよい」

『あんな格好?』


ただのTシャツに短パンだ。何の色気何もないのに何で?

……白い、Tシャツか。なるほど、皆のお目汚し申し訳ありませんでした。


『今日は、お気に入りなのでまだマシです』

「………はァ」

『皆の悪影響にならないように、気をつけます。お目汚しすみませんでした』


その後マルコ隊長は歯切れ悪く"違う、別に"と言ったっきり黙ってしまった。

静まり返る私の部屋の中で聞こえるのは、マルコ隊長の呼吸と、私の心音と呼吸の音だけ。


『マルコ隊長?』

「…よい」

『もう、私は大丈夫ですよ』


ヘラリと布団の中で笑いかければ、鼻の頭を軽くつままれた。"ふがっ"と情けない声に笑われつつもマルコ隊長はそのまま私の頭を軽く撫でて、スタンドライドを静かに消した。

そういえば、もう夜になってしまったらしい。でも夕飯を食べるよりも眠気が優っているのでこのまま眠る気満々だ。


「明日は、安静にしろい」

『えー…もう平気です』

「命令だい」

『……わかりましたァ』


深いため息を一つこぼして、私はマルコ隊長に"おやすみなさい"と告げて瞼を閉じる。

彼が私の部屋から出て、丁寧に施錠するとそのまま足音は遠くへと消えていった。




翌朝目を覚ませば、頭の痛みもなくて無事回復して私は元気よく一番隊の皆に謝罪をした。


何故かニヤニヤしながら、"気にするな"や"良いモン見た"と言われた。

若干引き気味に、けれどふざけて私は自分の体を隠すように抱きしめて見せれば、皆が一様に呆れ顔で"お前の下着はどうでも良い"と口揃えて言われた。

失礼すぎる、けど確かに。と納得してしまったあたり悲しすぎる。



『じゃあ、何が良いものだったんです?』

「いやァ、なァ?」

「くくくっ…あの慌てっぷりたァ、意外と…あの人もなァ?」



マ「○、食う前に医務室寄ったか」

『あ、おはようございます。マルコ隊長』


マルコ隊長の声に一番隊員達はビクッ!と何故か怯えた後そくささと去っていってしまった。

首を傾げながら、マルコ隊長の質問に首を横に振って否定すれば、小さなお説教が始まった。


…あんまり、行きたくないんだけどなァ。だって、今日はあの人達が当番でいる日らしいし、仲良しのナタリアは昨日今日とお泊まりで外泊中だし。

そんな情けない理由をマルコ隊長に言える訳もなく、更には私の手を引いて医務室へ連行された。


こんな時ばかりは、貴方の面倒見の良さが恨めしく思ってしまいます。



案の定、マルコ隊長に連れられ船医に診てもらっている間の彼女達の目はそれはそれは鋭く粘着質さえ纏うようなモノだ。

そんなに嫌なら見ないで欲しいな。私だってあなた方の視界に入りたくて入ってるわけじゃないのに。


医「ま、コブができてるくらいだ。頭痛とかはないか?」

『無いです』

マ「一応薬貰っておけよい」


『いえ、あるので大丈−−』



あ、やばい…

思わず滑った口を今すぐハンカチか包帯でも詰めて塞ぎたい。失態だ、ほぉら…船医の顔がみるみる怖くなった。


医「お前、またか!!」

『っ、す、すみません…だってほら、ね…うぅ…すみません…』


マルコ隊長が不思議そうに、というよりも怪訝そうにこちらを見る。お願い、船医さん…それは言わないで欲しい。

"4人のナースに陰口言われてて嫌だから、医務室のお世話にならないようにと自分で何とかしてます。"だなんて格好悪すぎる。


医「チッ…悪くなったらこれ飲め。それから、昼頃に来りゃ良い」

『……はい』

医「歯切れ悪ィな、おいこら」

『わ、わかりましたよォ!!』


結局、明日の昼頃もう一度診せにくる約束を無理矢理取り付けられ、私は肩を落として医務室をマルコ隊長と後にした。

その時ですら、クスクスと笑う彼女達に胸が苦しくなりながら気にしないようにと振る舞った。


だから、隣で怪訝そうに見つめてくるマルコ隊長の事など微塵も気がつけなかったんだ。

Since:19/9/15


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