カッツェの耳にKissをして | ナノ
猫に頭を悩ませる長男



隊長達には以下の話を告げず、情報屋の情報を買ったとだけ告げられた。

サッチの面子を云々よりも、証拠を揃えるには内密に行ったほうがいいと判断したのだ。

親父もサッチもそれに賛成し、情報屋はケロリとしてその男の素性を探ることに了承を得た。


素性の知らないのはこの情報屋も同じだが。


隊長格が再び集められ、情報屋は改めて客人として迎えられることを親父が公言し、事なきを得る…はずだった。


−−バサッ!


この時までは。


サ「ちょっ!?カッツェさん、またか!?」

『無論、敵意がないと示すにはこれしかないと』


先ほどの無防備すぎる格好を隊長達にも披露する様に頭を抱えたくなった。サッチも思わず大きな声でツッコミを入れる。コイツ、意外と阿呆だ。いや、女というものを持ち合わせていないのかもしれない。


「ぶふぉ!?おま、潔過ぎだろ!」

近くにいたエースが盛大に吹いた。色気よりも食い気のエースは照れるよりも笑っている。他の隊長達は唖然したり少々顔を赤らめたりと様々だ。

…大の大人が顔を赤らめるなんざ気持ち悪ィよい。


マ「お前ねい、性別上女なんだからもう少し恥じらいを持てよい」

『ん、海の上で性別は弱みだ。まずは身の潔白を示すほうが先決だろう?残念なことに娼婦達と違ってその様な技術で取り入る方法は皆無だ』

ため息をつきながらこいつの肩にマントをかけると素直にそれを着始めた。情報屋の言う技術、とは所謂行為のことだろう。

それを平然というあたり、本当に何も思ってないんだと思うが…あァ、アタマが痛ェ。


『さて、報酬の美味しいご飯にありつきたい。四番隊隊長殿、案内してもらえるか?』

サ「おぉ!サッチと呼んでくれ。そんなかたっ苦しい呼び名は慣れなくてな」

『ん、承知した』

エ「お前、報酬に飯とかどんだけ食い意地はってるんだよ!」


エースが嬉々として歩み寄る。さすがにエースには言われたくないだろうその発言にサッチはすかさず"お前にだけは言われたくないな"と笑って見せた。

エ「俺はエースだ、カッツェ、だっけか?」

『あァ、火拳のエースか…これまた大物に一人会えたな』

その言葉に嬉しそうに笑う末弟。本音が漏れた言い方の情報屋に気を良くしたらしい。


白「グラララ!情報屋カッツェ、本当の名を聞こうかァ!」

その親父の言葉に皆が不思議に思う。どうやらカッツェとは本名ではないらしい。情報屋は暫く考え、口癖の様に"ん、"と声を漏らすと周りを見回した。


『暫くの間世話になる。しかも天下の白ひげ海賊団…自身の名を語っても支障はなさそうだ。改めて情報屋カッツェ、名をテイラー・フィオという。暫くの間世話になります』

礼儀のなった最後の言葉と綺麗なお辞儀。その姿に嫌悪を抱くものはそうそういないだろう。


白「グラララ!フィオ、いい名だなァ!どうだ、娘にならねェか?」

マ「親父!」

『有難いお言葉ですが、お断りします』

頭を丁寧に下げ、即座の拒否の反応。俺としては拒否してくれて有難いが、親父は断られているのに上機嫌に笑った。


白「まァ、その内また誘うぜ」

『…宣戦布告されました』

キョトンと零した言葉にエースが噴き出し、サッチはゲラゲラと笑った。


和やかな雰囲気が漂う中、各隊長は部屋を後にし、サッチと俺と何故かフィオを気に入ったエースが共に食堂へと向かったのだった。


−−−−−−−−


初めは可愛い子だと思った。目鼻立も整い、綺麗な翡翠の目に艶やかなグレーの髪。

マルコと並んでいるその背は少々小さいが、その立ち姿に隙はなかった。


フィオの口から語られる真実に頭が一気に冷えるのを感じたが、あの子はなんてない顔で自分が調べようと提案してきた。

情報屋の名に恥じぬその技術は耳にしていた。この間停泊していた島の遊郭街を牛耳っていた悪い噂を持つ男が死んだのも、どうやらこの子の情報提供が絡んでいるのだと後で知った。


完全に信じたかといえば答えは否。しかし、目の前のこの子が純粋に自分の故郷を守った親父に感謝している姿も信じている。


『ほう、サッチは料理長か…これは良い報酬にありつけそうだ』

エ「おう!サッチのメシはうめぇ!」

末弟が胸を張って言う姿にお前が自慢げに言ってどうする、と軽く小突く。素直に言われるのは嬉しいけどよ、お前は何食っても大抵ウメェ!だろ。

サ「さて、フィオちゃん。素敵な商品への対価は何をご所望かな?」

『……ちゃん付けは勘弁願いたい』


表情筋が珍しいくらいに動いて見せた。それも、苦々しく。どうやら喜怒哀楽はきちんと機能していそうで思わず頭をグリグリと撫でた。


サ「俺っちの得意なもん全部作ってやる!楽しみにしててな」

『肉か魚が好みだ。それがあれば嬉しい』

サ「おう!肉も魚も振る舞うぜ!」


表情筋は動いていないが、その翡翠の目が一際輝いて見えた。

意外と少女らしい面もあるらしいフィオに再び頭をグリグリと撫でウィンクを一つすると俺は厨房へと入っていった。


『……頭をグリグリとするのは彼の癖か?』

マ「俺に聞くなよい」

エ「フィオが小せェから、撫でやすいんだろ?」

『……くっ、まだ伸びる』


エ「ぶは!無理だろ!」

『…今に見てろ』


なんだか子供じみたやりとりが食堂から聞こえ、案外初めての妹ができそうな予感がビンビン来てる気がするのは俺だけか。


−−−−−−−−


目の前に出されて料理の山を見て、俺はサッチを睨んだ。

どんだけ作ったんだ。宴じゃねェんだよい。


てへ、と可愛くもない(寧ろ気持ち悪い)表情で俺を見てくるあたり殺意が湧きそうだ。


『…圧巻だ』

目だけはやたらと輝く目の前のコイツに、なんだか肩を張っているのがバカらしくさえ思う。

どうも末弟と同じ匂いがする。


エ「うぉおお!美味そう!」

サ「エース、お前の分じゃねェぞ」

エ「うぇえ!?ヒデェ!」

エースはさめざめと自分の料理を取りに向かっていった。俺も行こうと悩んだが、その前に情報屋に腕を突かれた。

『不死鳥、これはなんだ』

マ「あァ?これはワノ国の煮魚だな」


『魚…っ!』

魚のフレーズに肩をビクつかせたその姿は嬉々としている。

『……不死鳥、さすがにこの量を食べきるのは難しい。自分から報酬にと願った手前残したくない。協力してもらえるか?』


確かに女が食うにはありえない量だ。なんならエースもと思ったが、エースはエースで大量の食事を貰いに行っているため了承した。


『いただきます』

一言、料理人のサッチを前に丁寧に言葉を告げると一番気になった煮魚に手を伸ばした。

一口食べ、停止する。

腕に自信があるサッチも流石に気になるのだろう。動向をよく見ているとフルフルと肩を震わせた小さな姿が横にいる。


サ「報酬に、なるか?」

『……十分すぎる。美味しいなんて言葉じゃ足りない。さすがは料理長だ』


顔を上げたその表情は破顔した満面の笑みだった。サッチも俺も思わずピタリと動きを止める。

あどけない少女そのものの中に女性らしい艶やかさが顔を出す、そんな笑顔だった。

すぐに無表情に戻ったその顔。先程の純粋な笑みを見た男二人は息を呑み固まるばかりだった。

……その表情筋、死んでると思ったが…そんな顔もできるんだねい。


その後、エースも加わり食べ始めるとフィオは両頬にパンパンに詰め食べている。目の前に座るエースと同じ顔だ。それを見たマルコは思わず深くため息をついた。

マ「お前、もっとしおらしく食べろよい」

『食卓は戦争だ。弱いものが負ける』

マ「誰も取らねェよい」


パン!と大きな音を立て、情報屋はエースの手を叩いた。取る奴がここにいたよい。

『それに手を出したら怒るぞ』

エ「スッゲー美味そうだから、つい」

サ「おいこらエース!人のもの取るなよ!」


まるで犬か何かだ。いや、一人は猫だがハムスターみてェな食い方してるが。

『ん、一口なら許す』


料理をフォークで刺し、ずいっとエースに差し出す。ピタリと止まる俺とサッチ。

おいおい、いくらなんでも急に距離詰めすぎだよい。


エ「良いのか!お前良い奴だな!」

お前もかよい…

パクッと勢いよくフォークに食らいついた末弟の警戒心のなさに頭を抱える。食べ物になると見境などないこの弟をどうしたものかと。


サ「そんなに喜んでくれるなんて、料理人の冥利につきるぜ」

『ん、専属シェフになって貰いたいくらいだ。しかし貴方を雇うとなれば相当な資金が必要だな…』

エ「いっそ、仲間になれば良いだろ?」


エースの言葉に俺が吹き出す。サッチは大きく笑い、エースはキョトンとしている。

本当、こいつらは警戒心のカケラもないのかよい。

『……いや、それは辞めておこう』

エ「何でだよ!お前面白いし良い奴だろ」

『ん、長男坊も渋い顔するしな。何より私は家族を持とうなどと思わない』


チラリと此方を見てきた情報屋に思わず顔をそらす。サッチがニヤリと笑っていたが、それを睨んでけん制した。

エースは家族は要らないという発言に眉にしわを寄せている。人それぞれの都合があるのを知っているエースも流石にそこは言及しなかった。

『ん、それでも少々、いやかなり魅力的な腕だ。寧ろ嫁に迎えたいくらいだ』

マ「ブフォッ」

とんでも発言に流石の俺も飲みかけの水を吹き出した。サッチが固まり、エースはキョトンとして"サッチは男だぞ"とトンチンカンな返答をしていた。

手拭きを差し出され、素直に受け取る。情報屋さも何も思っていない顔に頭痛が悪化する予感が目に見えた。


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