思い返せばこの時期になると、どの街でもどこか浮足立ったような、甘い空気が漂ってくる気がする。

そんなことを思いながら店先に貼られたポスターを眺める。
立ち寄った街にあった図書館から宿へと戻っている最中に目に留まったもので。

バレンタイン。

それが今日だと思い出させてくれるポスターだった。

このイベント、街によって伝わり方が違っているのか、同じ名前でも微妙に内容が変わっていたりする。
渡すものがチョコレートだったり、花だったり。
女からだったり、男からだったり。

大体共通しているのは好意を告げる為の手段として、といったところか。

ここでは日頃の感謝として渡す意味合いが強いらしく、老若男女関係なく各々があげたいものを気軽に渡し合っているようだ。
そして、好意を告げる為の手段としてももちろんあるらしい。

そんな内容が書かれたポスターを一瞥し、大層なことを考えつくものだ、と呆れたような感心したような気持ちになる。
もともと俺には関係ない話だし、あまり興味はない。

ああ、でも。
あいつはこういうの素敵だってはしゃぐんだろうな。

今は街を見て回っているであろう人物のことを思いながら、俺は再び歩みを進めて宿へと戻った。


「レン、おかえり!」
「…ただいま」


どうやら先に戻っていたらしい。
普段以上に高いテンションで出迎えてきたソラの勢いに少し面食らいながら返事をする。


「やけに嬉しそうだけど何かあったのか?」
「そう?レンが帰ってくるの待ってたからかな」
「俺を?」


どうして、と聞く前に俺の方へと何かが差し出された。
可愛らしく、それでいて派手すぎないラッピングがされた箱を見た瞬間、微かに目を見開く。


「これは…」
「今日バレンタインなんだ。この街じゃ日頃の感謝を伝える日って聞いたから便乗してみました」


中身はクッキーだよ、とソラは楽しそうにそれでいて少し緊張したように話す。

確かにソラの性格なら用意してもおかしくない。
おかしくないけど。


「……」


ソラは、この街でのバレンタインのことをどこまで知ったのか。
そう思うと同時に、あの時見たポスターの内容が脳裏に浮かぶ。


この街のバレンタインでは、感謝と共に別の想いを伝えたい時、リボンの色でそれを表しているという。


色は6色。

赤は愛している。
ピンクは恋心を知って欲しい。
黄色は大事な友達。
オレンジは大切な家族。
紫は魅力に満ちている。

そして白。


「……貴方の色に染まる」


ソラが手に持つ箱に掛けられたリボンの色に込められた意味を小さく呟けば、ソラは不思議そうに首を傾げた。


「えっと?」
「いや…なんでもない」


聞き取られずに済んだことに微かに安堵しながら適当に誤魔化してソラから箱を受け取る。


「ありがとう。わざわざ悪いな」
「私がしたかったの。いつもありがと、レン」


満面の笑みを浮かべるソラにそっと目を伏せる。
反応を見るに、ソラはリボンの色の意味までは知らない。
ならこの色に深い意味はない。
知ってたら、選ぶはずがない色だ。

そんな俺の考えに気付くことなく、ソラは無邪気に話を続ける。


「ラッピングがどれも凝ってたんだけどね、見た時にこれだって即決だったんだー」
「どういうとこが?」
「白いリボンかな。レンにあってるって思って」


不意打ちのような言葉に手に持った箱を落としそうになる。
意味を知らなくても、ソラが自分の意志で選んだ色が、白。

そっちの方がよっぽど。


「なぁ…」
「どうしたの?」


リボンの色に意味がある。
なんて教えたら、ソラはどう答えるんだろう。

そう言おうとして、口が動かなくなる。



「…俺も後で何か用意するよ」
「え、気にしなくていいのに」


笑うソラを横目に、そっと息を吐く。

言えなかった。
言いたくなかった、が正しいかもしれない

別に教えたって、他意はなかったと返ってくるんだろうけどなんとなく。
本当になんとなく、その答えが聞きたくないと思ったから。

この浮き足立つ街の雰囲気に感化されたのかもしれない。





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