「今日は僕の誕生日なんだよ!」


そう嬉しそうに話す子供の声が耳に届いた。
着いたばかりの街で宿を探している最中のことだ。

声の方に目をやれば、公園にしては何もない広場で数人の子供が集まって遊んでいるようだった。

他の子供達が口々に祝福の言葉を告げる。
言葉の数々に誕生日だという子供は照れたような、それでもどこか誇らしげに笑みを浮かべていた。

「……」


そこまで眺めてから、そっと目を逸らす。


誕生日。
自分が生まれた日。
一つ歳を重ねるだけの日。

たったそれだけ。

それだけなのに、どうしてあんなに嬉しそうに笑えるのか。


なんて、簡単な答えか。
きっとあの子供は望まれて、みんなから祝福されて生まれてきたんだろうから。


俺とは違って。


「ねぇ、レンは自分の誕生日がいつか知ってるの?」


唐突な問いに俺は隣を見た。
同じように子供達の方を見ていたソラの顔が俺の方へと向けられる。


「知らない。けど、別に困ることでもないだろ」


答えながら前を向く。
はっきりとした年齢が必要なわけでもないし、生まれた日に何か理由があるわけでもない。

俺の返答に、まぁそうなんだけどね、とソラは小さく苦笑いをした気がした。


「でも…少し残念かな」
「何が?」
「レンの誕生日が分かってたらお祝い出来るのになぁって思って」
「しなくていい」


反射的に口をついて出ていた。


望まれたものでもない命に、祝福の言葉なんて相応しくない。


「……あ」


つい冷たく吐き出してから冷静になる。
はっとしてソラを見ると、驚いたように丸くなった紅い瞳と目が合った。


やってしまった、とすぐその瞳から顔を逸らす。
少なくとも、ソラに言うべきことじゃない。


「…あの、」
「悪い。…宿、早く探さないとな」
「……そうだね」


気まずさから強引に話題を変えたが、ソラがそれに言及することはなかった。



「レン!私、少し街を見てくるね…!」
「ああ…気をつけてな」
「うん!」


宿に着いてすぐ、なんだか妙に意気込んだ様子でソラは部屋から出て行った。
もしかすると、気を遣ってくれてるのかもしれない。

気にしてないと自分で言ったくせに、心にずっと黒いもやがかかっているような感覚がして。
いつまでも引きずっている自分に嫌気がさして小さくため息を吐いた。

宿にあった本を読む気にはなれず、俺はベッドへ寝転んでそのまま目を閉じる。

一人きりの部屋はいつもよりも静かに感じた。


「……」


どれくらい時間が経っただろうか。
部屋へと近づいて来る人の気配に目を開け、身体を起こす。

直後聞こえたノックの音に返事をすると、探索から戻ってきたらしいソラがドアを開けた。


「ただいま」
「おかえり。…?」


帰ってきたソラの様子がどこかおかしい。
普段通りを装っているが、視線が泳いでいたりしていつも以上にそわそわと落ち着きがない。
それにあからさまに後ろに回された手。


「…何か隠してる?」
「え!?」


嘘を吐くのが下手なソラに隠し事を言わせるには真正面から尋ねるのが一番早い。
予想通り、ソラの肩が面白いほどに跳ねる。


「なっ!?え、なんで…」
「バレないとでも?」


驚きと困惑の混ざった表情のソラに呆れたようにため息を吐きながらそう言えば、それは思ってなかったけど、と小さな声で返された。

ソラはどこか不安げな様子でしばらく逡巡してから、やがて顔を上げ、一度深呼吸をすると意を決したように後ろに回していた手を俺の方へ突き出した。
その手にあるのは小さな包み。


「これは…?」
「なんでもない日プレゼントです!」
「……は?」


唐突なその言葉に思わず呆けた返事を返す。
なんだそれは。

普段あれだけ分かりやすいのに、ソラのこういうとこは本当に予測が出来ない。


「…どういうことだ?」


聞き返すとソラは真剣な表情で俺を見る。
紅い瞳の中に俺の顔が映った。


「私は嬉しい!」
「…え」


突拍子が無さすぎて理解が追いつかない。
ソラは気にせず、というより気付かず話を続ける。


「周りが…レンが、そう思ってなくても私はそう思ってる!レンに会えてよかったって思う!一緒に旅するようになってから知らなかったことを教えてもらって、見たことない景色を一緒に見て、たくさん話してすごく楽しい!」


だから、とどこか泣きそうな声でソラは笑う。


「レンがいてくれて、嬉しい。生まれてきてくれて、ありがとう」


あまりにも真っ直ぐで純粋なその言葉に俺は衝撃を受けたように固まった。


どうでもよかった
必要なかった
望んでいなかった


ずっとそう思ってきて。
捨ててきた。


なのになんで…
なんで、ソラがそんな必死になって持ってきてくれるんだよ。


人に、言ってる場合かよ。
その言葉が欲しかったのは、お前もだろ。


何も返せずに黙ったままでいると、微かに震えた声で名前を呼ばれる。
顔を見れば、泣きそうな不安そうな顔。

その顔を見て、理解した。

本当に。
こいつは優しさを人に渡しすぎだ。

自分が傷付くかもしれないと分かっていながらそれでもなお、その手を差し伸べて。

触れたことのない、触れる気もなかった何かが、そっと俺の心に染み込んでくるような感覚に右手を握り締めて静かに息を吐く。

そして。


「……ありがとう」


ぽつりと呟くように感謝を告げると、ソラははっとしたように顔をあげる。


不思議な気持ちだ。
嫌なのか、嬉しいのか、様々な感情が混ざって、自分でもよく分かってない。

ただ、


「その言葉を聞けてよかったと、思う」


そう言ってくれる人がいると知れたことは、俺にとってとても大切なことなのかもしれない。


ぽかんとした顔で俺を見ていたソラはやがて少しだけ照れながら安心したように笑った。
その様子に、よかったと微かに胸を撫で下ろす。


「これ開けても?」
「うん!あまり大きいと邪魔かなと思ったから小さいんだけど」


改めてソラから受け取った包みを丁寧に開けると、それは透明な何かのかけらが細い紐で綺麗に編み込まれて出来た小さなストラップだった。

これ…


「高いものじゃないんだけど街で見かけて、なんかいいなって思って…これ、ガラスかな?」
「…ガラスじゃなくて水晶だな、これは」


それもかなり上質な状態の。
自分で見抜いたわけじゃないのなら相変わらず大した勘の良さだ。


「…大切にする」
「ありがと、レン」


そう言って嬉しそうにソラは笑う。


初めて知った。
誕生日というのは自分が生まれた日、一つ歳を重ねるだけの日、のみじゃない。
生まれてきてくれたこと、出会えたこと、幸せになって欲しいこと、そんな感謝や祈りを知る日でもあるんだと。

貰ったストラップをそっと握り締める。
俺も、ソラの誕生日を知ることが出来たらよかったのに。


まぁ、いいか。
誕生日じゃなくても伝えることは出来ると知ったから。
また伝えよう。
なんでもない、いつかの日に。

そう考えると、じんわりと心の奥が暖かくなったような気がした。







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