水の中でそっと手を引かれていた。
ばしゃばしゃと軽快に動く足はきらきらと水飛沫をあげている。

掴んでくれていた手が離れていく。

途端に手足が鎖を纏ったように重くなり水の中へと沈んでいった。

「ぷはっ!」

プールの水面から顔を出したソラは荒い呼吸を繰り返した。

「…大丈夫か?」

ソラが沈んだ時点で助けに入ったレンはどこか心配そうに尋ねる。

「平気…もう、また駄目だー」
「ここまでくると逆にすごいな」

プールサイドに寄りかかりながらソラはがっくりと項垂れた。

夏休み、ソラとレンは市民プールに来ていた。
泳げないソラの泳ぎの練習をするために毎年来ていて、もはやちょっとした恒例になっている。

広いプールなのだが、近くに人気のレジャープールがあるせいか人はほとんどおらず閑散としている。ちょっとした貸し切り状態だ。

黙々と二人で泳ぎの練習をしているが、ソラは一向に泳げる気配がなかった。

「水が怖いわけでも、バタ足が出来てないわけでも、息継ぎが出来てないわけでもない…となると原因はなんだ…?って毎年考えてるけど」
「だってその理由関係なく沈むんだよ?これはもはや私の前世金属か何かだったんじゃ…」
「もしそうだったらむしろよく今世で人間になれたな…つーか、それなら浮く練習からの方がいいか…」

自虐気味に話すソラにレンは呆れた笑みを返しつつ方法を考える。

「頑張る!お願いします、コーチ!」
「はいはい」

それからさらに数十分後。

「浮け、た!うわっ!?」
「ちょ…」

喜んだ一秒後には水底に沈んだソラをレンは微かに驚きつつ手を掴んで水面へと引き上げる。

「けほっ、今浮けた!?浮けてたよね!?」
「あー…そうだな」

あれは浮けたと言うんだろうかと疑問があったが、あまりにもソラが嬉しそうなのでレンは否定しないでおくことにした。

「よし、もう一回!」
「いーや、今日はもう終わりだ」
「え!まだやれるよ!」
「気持ち的にはな。唇青くなってんぞ」

そう言ってレンの親指がふに、とソラの唇に触れた。
あまりにも自然な仕草にソラの心臓が少し跳ねたが、それを誤魔化すように頬を膨らます。

「むぅ、せっかくいいところだったのに…」
「また明日すればいいよ」

その言葉にソラは驚いたように目を丸くした。

「…付き合ってくれるの?」
「? 当たり前だろ?ソラが気の済むまで付き合う」

体調崩すから一日中はさせないけど、とレンは特に表情を変えないまま続ける。
当然のように言ってくれる言葉にソラの表情は自然と緩む。

「…ありがと」
「気にすんな。それにしてもソラはなんでそんなに泳げるようになりたいんだ?」

ふとした疑問を投げかけるとプールサイドに上がりながらソラはあー、と少しだけ言い淀む。

「……泳げるようになったら、レンが川や海で溺れても助けてあげれるかなって」

レンが固まった。

「………いや、やるなよ?泳げたとしても絶対やるなよ?」
「えー…」
「死ぬ気か」

それでレンが助かるならと思わなくもなかったが言ったら本気で怒られそうなのでソラは目を逸らしながら話をずらす。

「あとね、私が泳げた方が…レンとレジャープールや海でも楽しめるかなって思って」
「へぇ…」
「でも、まぁ…まだまだ難しいだろうね」
「…ソラ、一つ言っておくけど…」

プールサイドの端に置いていたタオルの一つをソラに被せながらレンは一度言葉を区切る。

「俺は今のこの時間も好きだけど」

二人で居られるし、と続けられた言葉は慰めでも気休めでもない本心だとソラは思った。

「……レンのこういうとこずるいよね」

タオルで顔を埋めながらソラは呻くように呟く。

「ソラには負けると思う。ほら、着替えてこい」
「はーい」

先を歩くレンの背中をちらりと見る。
ソラからはその表情は見えなかったが笑ってくれてたら嬉しいなと思った。

「…私も、この時間が好きだよ」

聞かれないようにそっとそう呟きながらソラは小さく笑った。







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