それは夜明け前の空は色づいてきたがまだ暗い森の中。

(……よし!)

いつもより大幅に早い時間にソラは目を覚ました。
ある目的があるためだ。
予定通り、と静かにガッツポーズをする。

ふと横を見れば、レンは目を開けることなく静かに寝息を立てていた。

(……レンが寝てるとこ初めて見た)

いつもソラより寝るは遅いのに、起きるのは早い。
いつ寝ているのかも分からないくらいだった。

「…もしかして、貴重な体験?」
「そうでもないよ」
「…へ?」

二人を除いて誰もいない森の中でソラ以外の声が聞こえた。
同時にぱちりと開かれた翠の瞳と目があった。

「うひゃあ!?」

ソラの驚愕した声が静かな森に木霊した。

「……おはよ」

呆れきった顔でレンはとりあえず挨拶をする。
未だ驚きでばくばくと鼓動が早い心臓辺りを抑えながら、ソラはなんとか返事をする。

「お、おはよ……ごめん、起こしちゃった?」
「いや、別に」
「…レンって、ちゃんと寝てるの?」
「それなりには」

疑いの目を向けるソラに対してレンはおざなりにそう返すと立ち上がって軽く伸びをした。

「…で、今日はまた随分と早いな?」
「あ、うん。日の出が見たくて」
「日の出?なんで?」
「だって今日新年でしょ?」
「……あー……」

その言葉にレンは納得したような、し損ねたような声をあげた。

新年。
毎年、ある時期になると雲ひとつない夜に月を囲むように淡い二重の光輪が浮かぶ。
それから次の満月になる日から新しい年とする、という決まりがこの世界にはあった。
この決まりはどの街や村に行っても何故か共通で、一体どうやって広まったのかは誰も知らない。
それくらいもうずっと、何百年以上前からずっと続いていた決まりだった。

新年の迎え方は街によって違いがあり、厳かに迎えたり、盛大に祝ったりしていて。
誕生日ではなくこの日に歳を一つとったりする、なんてところもある。

「…もうそんな時期か」

そういえば、この前その光輪見たなとぼんやり思い出す。

「忘れてたの?」
「特に覚えておく必要もないから」

新しい年を迎える事を全く気にしてない者にとってはなんて事のない一日でしかない。
レンもそのうちの一人だ。
今までも重要視したことはそんなになかった。

「ソラのとこじゃ日の出でも見てたのか?」

レンの問いにソラは首を振った。
そして照れたように笑う。

「ううん、きっと私だけ。なんていうか…新しい年に最初に出てくる太陽見るとわくわくするというか…一年頑張ろって思えるというか…」
「ソラらしいな」

でも、とレンは周りを見渡す。
どこを見ても薄暗い。

「ここで日の出は厳しいんじゃないか?」
「…だよねぇ…」

言葉を返しながらソラはがっくりと肩を落とした。
早起きしてみたものの、ここは森の中。
周りは高い木々ばかりで、太陽の光などあと数時間は届きそうにない。

「今回は、無理かなぁ…」

しょぼんとあからさまに落ち込んだ様子のソラにレンは小さくため息を吐くと、ポケットに手を入れた。
取り出したのは銀色の球体。

「クー」
「レン…?」

球体から鷹の姿へと変化したクーはレンの腕へと止まった。
レンはラル達に荷物を見ておくように頼むと、不思議そうな顔で見つめるソラに手を伸ばす。

「行くぞ、ソラ」
「どこに?」
「上」

簡潔な言葉にソラは目を丸くした。


それからしばらくして。

二人は今、森で一番高い大木のてっぺん付近にある太い枝に座っていた。
ここなら陽の光を遮るものはほとんどなく、森の向こうまでの広大な景色を見渡すことが出来た。

だが、しかし…

「曇ってる…」

ソラは陽が昇る方角を見つめて愕然とした。
見上げた空からは綺麗な藍色が徐々に薄くなっていく様子が分かるのに、肝心の地平線の先は雲に覆われてどこかどんよりとしていた。
これでは日の出は見れない。

「せっかく…レンに連れてきてもらったのに…」

落ち込むソラを横目にレンは雲に覆われた先を見つめる。
その瞳は何かを見極めるかのように鋭く冷静だ。
数秒後、レンは微かに目を伏せると項垂れるソラの方を見た。

「なぁ、ソラ」
「…うん?」
「あの雲、盗もうか」

いつもと変わらない表情で、当然のようにあっさり言われた言葉にソラは耳を疑った。

「……え、」
「そしたらソラが見たがってる日の出が見れるだろ?」
「い、いやいやいやそうだけど…!でも流石に無理だよ!!」

いくらレンがすごいドロボウでも雲を盗むのは厳しいはずだ。

それでもレンの表情は変わらない。
変わらないのにどこか楽しんでいるようにも思える。

「それが出来たら、いいけど…」

言葉では疑っているが表情は期待しているのがソラから伝わってきて、レンは小さく肩を竦めた。

「じゃあ…1分後」
「1分?」
「数えてみれば?」

促されるがままに、ソラは訝しみながらも数え始める。

「いーち、にー、さーん…」

数え始めた先の空はまだ雲に覆われていて。
20秒、30秒と過ぎてもその様子は変わらない。
やっぱり盗めるわけない、と思いながらもソラは数え続ける。

40秒を過ぎた辺りから小さな変化があった。

(雲が減った…?)

50秒を超えた頃にはソラは数えるのを忘れて目の前の光景に釘付けになっていた。

雲がなくなった。

上に広がる藍色の空。
そこから地平線に向けて段々と薄くなっていき紫からピンクへと淡いグラデーションを描いていた。
その更に先は微かに黄色い。

「どう?」
「…すごい」

レンの問いかけにソラは朝焼けの光景から視線をそらさずにぽつりと呟く。
数秒後、ようやく理解したかのようにどこか興奮気味にレンを見た。

「すごい!すごいよレン!本当に盗んだの!?え、どうやって!?とにかくすごい!!」
「あー…っと…想像に任せる」

今まで以上にはしゃいで矢継ぎ早に質問するソラをにレンは言葉を濁した。

もちろん、雲なんて盗んでいない。
状況的に雲が移動しているのがわかったからすぐになくなるなと判断して軽い冗談を言っただけだ。
そんなに綺麗になくなるとは思っていなかったけれど。

(そこまで喜ばれるとなんか罪悪感ある気もする、けど…)

喜んでるしまぁいいか、とレンは本当のことは言わないことにした。

「で、目当てのものが出てきたけど?」
「あ!」

レンに言われて慌てて前を向くと地平線の向こうから淡く眩しい光が顔を出し始めていた。

「…私、誰かと一緒に新年迎えるの初めてなんだ」
「……」

しばらく互いに無言で朝日が昇っていくのを見つめていた後、顔は前に向けたままソラはそうぽつりと呟く。
その言葉に今までの寂しさを感じてレンは黙ったままそっとソラを見遣った。

「そんな日に、今までで一番綺麗な日の出が見れた。私、今この時を絶対忘れないと思う」

ねぇレン、とソラは隣を見る。
満面の笑みを浮かべて。

「一緒にいてくれて、ありがと」

そう続けられた素直な言葉にレンは微かに瞠目する。
そして、くすぐったそうに目を伏せた。

「……こちらこそ」

それだけ返してレンは再び前を向いた。
眩しさに目を細める。

見つめた先の朝日は普段見るものと別段大差ない。

大差はない、はずなのに。

(…俺も忘れないだろうな)

それが初めて、特別なもののように思えた。

そんな新年の朝、二人は日が昇り切るまでずっとその光景を目に焼き付けるように見つめ続けたのだった。






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