「『相手の好きなところを五つ言えばこの部屋から出られます』…ね」
なんだそれ、と呆れた表情で四季は目の前の紙に書かれた文字を読み上げた。
そしてちらりと、横にいる壱儺を見遣って小さく肩を竦める。
同じように紙を見つめるその目はいつも以上に鋭く、目だけで人を殺せそうな勢いだ。
謎の場所にいる。
真っ白で何もない無機質な部屋。
そこに壱儺と四季はいつの間にかいた。
今分かっている情報はそれだけだ。
「誘拐ってやつなのかなこれは…」
油断したつもりもないが気づかないなんてまだまだだなぁ、と四季が己の弱さを反省していたその時、大きな音が部屋に響く。
壱儺が無言で部屋の壁を蹴り飛ばしたからだ。
結構な勢いだったのにも関わらず壁は傷もへこみもついていない。
「せめて一言いれてから実行してよ?」
「悪かったよ…とりあえず、他に出る手段ないか探すぞ」
その言葉に四季は驚いたように表情を変える。
そして、壁に貼られた紙を指差した。
「え、まずこれ試してみた方が良くない?」
嘘か本当か分からないが、出れると言うのなら試してみる価値はあるのではないかと思ったが、壱儺は心底嫌そうに顔を顰める。
「絶対嫌だ」
「えー、面倒くさいなぁ」
「うるせぇ。さっさとするぞ」
それだけ言って、くるりと背を向けて壱儺は部屋の探索を始めた。
どうやら意地でも言いたくないらしい。
やれやれ、と四季は再び肩を竦めると仕方なく壱儺の指示に従うことにしたのだった。
それから十数分。
「うん、無理!」
きっぱりと四季は言い放つ。
どこをどう探しても白い部屋は家具や窓、通気口といったものが何一つない。扉もつなぎ目がどこか分からなかった。
いつも以上に念入りに見て回った自覚はあるが手がかりは何一つない。
ただ一つ、壁に先ほど読んだ紙が貼られているだけだ。
「……おめぇ、いつもより諦め早くねぇか?」
「そんなことないって」
疑惑の目で見てくる壱儺を軽くかわし、目線を壁に貼られた紙へと向ける。
「もうこれ試すしかないんじゃないかなぁ…どうよ?」
「………」
「無言は賛成と取るからね」
それでももう手段がない壱儺に反論する術はなく小さく舌打ちする。
「…大体、やるとしても…すぐ言えんのかよ」
壱儺は最後の抵抗として苦し紛れにそう尋ねてみる。
だが、四季の表情に動揺は見られなかった。
「言えるよ」
「…は…?」
じゃあ私からね、と笑みを浮かべて四季は口を開く。
「素直じゃないとこ」
ぴこん、と気の抜けた音が部屋に響く。
その音に四季はこの紙の通りだと確信した。
「頼りになるとこ、仲間思いなとこ、いつも密かに努力するとこ、なんだかんだお人好しなとこ」
すらすらと並べていった四季に壱儺は呆然とする。
「言えたよ?」
「………そーかよ」
それだけ言って壱儺は四季から顔を背ける。
照れてるな、とすぐに分かった。
「…で、壱儺くんはどうするよ?」
「……」
壱儺は何も答えない。
その態度に四季は小さく苦笑する。
「うーん…ま、しょうがないか。言わなきゃいけない対象私だしね」
好きなところ思いつくわけないか。
そう続けられた言葉に壱儺は横目で四季を見た。
その表情は残念そうな諦めてるような、寂しそうな表情にも見えて。
再び顔を逸らして舌打ちをする。
「………変に強気でポジティブなとこ」
ぽつりと呟かれた言葉に四季の表情が消える。
そんな反応を見向きもせず壱儺は顔を逸らしたまま続ける。
「………うるせぇくらい元気なとこ、周りをよく見ているとこ、自分を曲げないとこ…なにかあれば背中を押してくれるとこ」
ぴこんぴこん、と複数回正解の音が響いたのち、がちゃんと何かが開く音がする。
四季は微かに目を丸くしながら壱儺を黙って見つめていた。
相変わらず壱儺の顔は見えなかったが、唯一見える耳は赤い。
「…壱、」
「あ〜…っと…開いたみてぇだな。向こう行けるっぽいぞ」
「え…ほんとだ」
四季が何かを言う前に壱儺は照れからかそれを遮って歩き出す。
そこで初めて、白い壁の一部が開いて、通路と奥に別の扉があることに気付いた。
「…出口、かな?」
「さぁな。ま、ここに閉じ込めた奴がいてくれるだけでもいいけどな。殴り飛ばせる」
「うわ、物騒ー」
四季の軽口に壱儺はおめぇもだろ、と呆れたように後ろを振り返る。
そして一瞬目を丸くしたあと、微かに眉間に皺を寄せた。
「…おめぇ、いつまで面白がってんだよ」
「面白がってる?」
何のことだろうと、思いあたる節がなく首を傾げれば、小さくため息を吐かれる。
「顔、にやけてんぞ」
「…え?」
ったく、と壱儺は再び前を向く。
その背中を眺めながら四季は口元を手の甲でそっと隠した。
表情に出てしまっていたのかと自分でも驚きだ。
「…面白がってたわけじゃないんだけどな」
壱儺には聞こえてないであろう小さな声でぽつりと呟く。
でも、
その言葉の数々が嬉しかったからだ、なんて言うのも癪に思えて、弁明することはせず四季は壱儺の後をついていったのだった。